頂上は「ご機嫌に過ごす」こと。NPO法人日本レイキ協会理事長 辻耀子さん

日本伝統式レイキを、年間延べ3000人の生徒さんに伝えているNPO法人 日本レイキ協会の理事長を務める、辻耀子さんにお話を伺いました。

辻耀子(つじようこ)さん プロフィール

1968年生まれ 独身。大阪市在住。大阪芸術大学卒。NPO法人 日本レイキ協会 理事長、一般社団法人 国境なきいのちを慈しむ基金 代表理事、心理分析師、レイキ師範。

法人を複数経営、海外支部4つ。インドに無償のクリニックを設立。40歳で医師免許取得。

17歳の時、貧乏脱出を理由に、ゼロから起業。以来33年間黒字経営。

25歳の時、大病に。「手遅れ、余命半年」の宣告を受けたが、3年後、奇跡的に完治。28歳で心理カウンセラーに。のべ2万人の相談に乗り、プロカウンセラーを700名養成。

現在は、「人の幸せを応援すること」がいきがいです。


「自分らしくあるということは、幸せに生きることの前提条件」

Q.辻さんの夢やビジョンについてお聞かせください。

辻さん(以下、敬称略)
 レイキ協会は、他の団体さんと大きく違って、治療や改善を目標やビジョンにはおいていません。「本質の開花」「その人らしさの開花」を目指しています。なぜかというと、死ぬ間際に、幸せな人生だった、もしくは、この人生で良かったと思うには、自分らしい人生でなかったら、絶対納得できないと思うからです。自分らしくあるということは、幸せに生きることの前提条件だと思っています。

例えば、親が期待する人生に、知らず知らず沿ってしまう人もやっぱりいて、でも、「本当は○○をしてみたかった・・・」といった思いを残してしまうと、死ぬ間際に「なんで○○をしなかったんだろう」と思うと思うんです。そうならないためには、たとえやってみてとんでもないことになったとしても、人生に納得できるかどうかがとても大事で、そのためにはその人らしさ、本質の開花がめちゃ大事と思っています。

健康であった方が、もちろんよいのですが、私たちは、健康を着地点にしてはいないんです。富士山でいうと、5合目に病気を治すことや健康を置いています。なぜなら、治らない病気だったとしても不幸か、といったらそうではなくて、やりたいことは制限されるかもしれませんが、心の幸せは十分追求することができると思います。そういったことをお手伝いするために、レイキやレイキ療法はとってもいいなと思いますし、私たちはそれをするチームです。

協会のビジョンの文言を、ちょうどこの4月に「かろやか、のびやか、笑顔の連鎖」にリニューアルしました。以前は、もっと長くて硬かったんですが(笑)。(組織を)大きくしようと思っていたわけではないですが、海外支部ができて、結果的に大きくなりました。海外支部も増えていて、笑顔の連鎖の範囲は、地球規模になっています。


Q.富士山の5合目に病気を治すことを置いているとすると、頂上は「本質の開花」ですか?

 頂上は、「ご機嫌に過ごす」ことです。その条件が、自分らしくあるとか、我慢しないとか、自己犠牲的人生を生きていないことです。自己犠牲の人生は、ご機嫌なふりはできても、どこかで納得いってないから、不機嫌や疲れがふっと出てくると思います。ご機嫌な人は、結果的に周囲から尊敬されると思いますし、人格者と呼ばれると思います。それを目指していなくても自然に。

「レイキは欧米各国ではポピュラーなのに、驚くほど日本国内では知られていない」


Q.夢やビジョンの実現のために、どんな目標や計画を立てていますか

 レイキ協会では、スクール業をやっていまして、日本が誇る伝統文化でもある、レイキ法(呼吸法)とレイキ療法(手当て、ヒーリング)、その2つ【日本伝統式レイキ】を教えています。

海外では、とくに欧米各国、先進国(白人社会)を中心として、レイキはびっくりするくらいポピュラーなんです。日本人が聞いても、にわかには信じられないくらい。ハーバード大学のキャンパスに、レイキ療法のヒーリングセンターがあったり、ペンタゴン(米軍)では軍人にもレイキを学ばせていたり、医者や看護師は、レイキができると初任給が高いです。イギリスでは保険が適用されていますし、インドでは国家資格になっています。

でも、驚くほど日本国内では知られていません。

ですから、日本国内の日本人に学んでほしいです。5年後には、今の10倍の人が学びにきてくれるといいなと思います。それでも全然数は少ないと思いますが。今、年間延べ3千人が学んでくれているので、5年後には3万人になったらいいですね。


Q.そのために、日々取り組んでいること、心がけていることや意識していることはありますか?

 2つあります。

うちは公益団体、NPO法人なので、よそでレイキを学ばれた方も広く受け入れています。もう一つは、落ちこぼれを出さないこと、ですね。

なぜうちに学びなおしに来るかと言うと、習得できなかったから。以前はそうだったとしても、ここで習得して感激してもらえるように、そして、よそのスクールから来た方も肩身が狭くないように、分け隔てなくやっています。ほかのスクールで学んだことも否定せず、肯定して堂々とここに来れるように、と心がけています。


Q.そのことを心がけている背景を教えていただけますか?

 私、起きている間中、人生が辛い人、例えばいじめやパワハラ等、理不尽なめにあったり、その人のせいじゃなくてそうなっている人が、気になってしょうがないんです。どうやったら根本的に解決するのかな?と。

そもそも人って生まれた時から、誰かを傷つけよう攻撃しようと思っている人はいないですよね。大きくなる過程で何かがあって、ひねくれていくから、攻撃的な人、パワハラ、セクハラとかが生まれるんだと思うんです。

そもそもご機嫌だったら、おおらかに対応できるんじゃないかと。何十年もずっと考えて、行きついたのが、「ご機嫌」という言葉でした。

例えば、満員電車で肩が当たったとき、自分の機嫌が悪かったら「なんなの!?」ってなるし、ご機嫌同志だったら「すみません」で終わるじゃないですか。それに、ご機嫌どうしなら、人との意見が違っても、「あなたはそう考えるんですね」で済みます。

でも、不機嫌なら、従わせたくなったり、同調圧力をかけたり、ケンカ腰になったり、徒党を組んだりする。そうしたら、そのグループに入った人もしんどい。しがらみがあって抜けにくい等。すべて不機嫌から来ている気がするんです。

不機嫌で誰かを恨んだり、怒っていたり、妬んでいると、無自覚に心に不安の種火がついている状態になります。人を妬んだら、自分がそのポジションになった時に、逆に妬まれる、攻撃されるんじゃないか、と。そうすると仲間をつくって徒党を組んで強い勢力になろうとする。それが、派閥争いや、国家レベルになると戦争になる。

安心だ、大丈夫だ、ご機嫌だ、誰も私を脅かさない、だったら徒党を組まなくていい。

だから、(レイキを学ぶのも)他の団体でもよいし、よそが合うならそれでいいし、尊重したい。そうすると、結果的に世界平和になると思っています。生きている間に世界平和を見てみたいです。


「25歳で大病。本格的に変わったのは親を許せた時」


Q.辻さんが、そんな夢やビジョンを持つようになったきっかけは、なんだったのでしょう?

 自分の人生がきつかったからです。

あまり言うと、親の悪口になるので躊躇するのですが、うちの家庭は、残念な家庭環境でした。父親が母親を殴るという不機嫌の極みで。仕事も上手くいかず、朝から飲んだくれたり。私も学校では人と喋れない大人しい子だったのでいじめられたりもして、理不尽だという思いもあって、やさぐれてひねくれていたんです。

引っ越した地域もスラムのようなところで、そういう環境に行くと、どんどん人は性格が悪くなるんですね。そんな中、人間って利用するか利用されるかなんだ、と子供ながらに思いました。

そして、17歳で起業しました。夢を持って、じゃなくて、お金がなくて。そして、20歳くらいで「若き成功者」と言われるようになったのですが、かなり傲慢でした。誰にも頼らないし、周りへの感謝もない。

そんな時、25歳で大病をしました。お勤めしていないから健康診断をしていなかったんです。病気が進行していたことに全く気づかなくて「余命半年」と言われました。理不尽だと思いましたが、もう人生がしんどすぎて、むしろ「もういいわ」って。死を覚悟したのですが、3年後に奇跡的に回復したんです。でも、その3年で、出会う人が変わりました。

それまでは、親切にしてくれる人は「こちらを利用しようとしている人だ!」と思っていました。でも、見返りを求めずに親切にしてくれる人がいて。親切な人ほど腹黒いと思っていたので、警戒しすぎて、今までは見えていなかったんですね。人の幸せを、こんなに応援してくれる人がいるんだ!と。

本格的に変わったのは、親を許せた時です。本当に恨んでいて、縁を切りたかったんですが、切れなかったんです。大病からようやく復帰したとき、3年間、連絡のなかった親から、以心伝心なのか、久しぶりに突然電話がかかってきました。「お金ないねんや~」と。

せっかく命が助かったのに、まだこんな人生が続くのかと、本気で辛くて「もういやだ!!」と思いました。そして、「生きててよかった、と思える人生を生きたい!」と、電話を切った後、悔し泣きしながら思いました。

そこから、心理学の学校で学んで「親を許す」ということをやったんです。それは、どうしようもない親を許す、というのではなくて、相手がなぜそんな人になったのかを思いやる、ということでした。

人間は生まれた時は、暴力ふるったり、飲んだくれたりしたい、とは思っていないんですね。父親がなんでそうなったのか、その時、やっと思いやることができました。

17歳で起業して上手くいって、父親にリベンジした気分で、見下すような、そういう復讐の仕方をしていたことに気が付いたんです。でも、お父さんは手を抜いていたわけじゃなくて、お父さんなりに頑張っていた。一生懸命やったけど、稼げなかった。それで心が折れた。

お父さんへの自分の怒りも嫌でした。心の中に原爆みたいな黒いものがあって、それが自分の本性で。人にばれてはいけないと思っていました。表面ではつくり笑顔で、心の中では人を妬んでいる、そんな自分も嫌でした。

でも、本当は「お父さん、そんな生き方したら損やん!もっといい生き方ができる」それを伝えたかった。黒いもののなかに違うものがあった。本当はお父さんを応援したかったし幸せになってもらいたかった。その気持ちに気付いた時、道で泣き崩れました。

私の本質は、どす黒いものの塊じゃなかった。愛と応援の気持ちがあったんだ!と、やっと見つけられて。

そのときから、変な話、父親に堂々と腹を立てられるようになりました。それまでは、半身麻痺で寝たきりの状態でも暴言を吐く父に対して、心の中では怒鳴り続けていても、それを出せませんでした。でも、心の中に父への愛と応援の気持ちがあることが分かってから、本音を堂々と言えるようになって、楽になりました。

そこから、ちょっとめんどくさい人や、コミュ障、社会的に少し残念な人たちの真ん中にあるものを見つけながら関われるようになったんです。

本質はみんな綺麗で、魂が太陽みたいに輝いているんです。でも、人生がきつかった人は、雨雲みたいなものが周りにへばりついてる。その曇り空の部分を見て、周りの人は「あの人いつも不機嫌だよね」と言います。でも、雨雲の上に太陽はある。こっちが本質。そのことに確信を持つようになりました。

「私の本質は黒い」と思っている人は沢山いますが、雨雲から光が差し始めると雰囲気も軽やかになってきます。それを見るのが今度は楽しくなってきて。心理カウンセラーになって、700人のプロを養成しました。

レイキも同じような感じです。体内に気を流すと、雨雲が取れて輝きだします。それを見るのがめちゃめちゃ楽しいんです。その人の太陽が、雲の合間からさして、その人らしくキラキラする。そうなると病気の症状も人生もよくなってくるんです。

傷が癒されてくると、愛や応援の気持ちが外に出ている人とかみ合うようになってきます。そうすると、すごく素敵なパートナーシップや友情が生まれて、自分らしくいられるし、意見が合わない人とも友達でいられる。精神的に「自律」してくるんです。自分でものを考えて自分で決定して、自分の人生を自分でデザインしていけるんですね。そんな人が増えていけば、地球規模で「みんな違ってみんないい」そんな、争いのない多様性の方向に向かっていくと思います。

Q.最後に、座右の銘を教えて下さい。

 「あなたには最低限一人の人を幸せにする義務があります。それはあなた自身です。」

記者 
とても素敵な言葉ですね!辻さん、本日は貴重なお話を聞かせていただいて、どうもありがとうございました。


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辻さんに関する情報はこちらから

↓↓

●HP『NPO法人日本レイキ協会』
URL https://www.japan-reiki.com/

【編集後記】
インタビューを担当した平野、山田、杉本です。
包み込むような優しい雰囲気をお持ちの辻さんの、壮絶な人生ストーリーを伺って、思わず3人とも感動して涙してしまいました。人の本質は、どんな人も太陽のように輝いている、と言い切る辻さん。その意志が、人をキラキラ輝かせることでご自身も輝く、といった今の結果に繋がっているんだと、しみじみ感じさせていただきました。
今後の辻さんのご活躍を、心から応援いたします!

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