「子どもたちのその先の時代まで残る、よい食文化を伝道していく」浜弥鰹節株式会社 代表取締役 木村 忠司さん

『食育とだしの取り方の講演会』を1000回以上行い、食育や食文化の大切さを伝え続け、 NHK朝のドラマ「てっぱん」の制作などにも関わったり、メディアでも多数ご活躍になっている、浜弥鰹節株式会社 代表取締役 木村 忠司さんにお話を伺いました。

プロフィール
出身地: 大阪府茨木市
活動地域:関西圏が主ですが、全国
経歴: 大阪学院高校、流通科学大学、戸建て住宅販売の営業の経験を得て、家業である鰹節屋へ。2015年に3代目として代表取締役に就任。1000回以上の講演を行ったり、TVや新聞などに50回以上取り上げられ、HNK朝の連ドラ「てっぱん」の制作にも関わる。
現在の職業および活動:浜弥鰹節株式会社  代表取締役
座右の銘:明るい方へ、明るい方へ!!

「食育の大切さを伝えたい」

Q.どのような夢やビジョンをお持ちですか?

木村 忠司さん(以下、木村 敬称略):子どもたちのその先の時代まで残る、良い食文化を伝えていく。昔の日本人がなぜ体が強く、人のことを思いやれたのかは、食を通じて、大切なことを家族から教えて貰っていたからです。しかし今は多世代の家族で一緒に食事をしなくなったことで教えて貰えなくなりました。そして現代の教育では、経済や食に関しては誰も教えてくれません。だからこそ発信していく必要があると思っています。
 現代は「おいしければいいやん。食べれればいいやん。」という方が多いと思います。 人間の味覚は、油分と糖分は強烈に旨みを感じます。 でも、そればかりを摂取しているとどうなるかは想像しやすいと思います。日本人は生活習慣病で亡くなられている方が7~8割で、食べ間違いが一つの原因と言われています。 この問題を解決出来る可能性が高いものが、実は「だし」と「和食」なのです。 日本人はもともと油分や糖分をそこまで摂取しない生活でした。強烈な旨みでどんどん味覚が濃い味になり、刺激的なものを求めるようになり、このままだともっと生活習慣病が広がるのではないかと考えられています。だからこそ、対処医療ではなく、予防医学である食育・味覚教育が必要だと思います。
 今までは、その必要性を「食育とだしの取り方の講演会」という形で1000回以上行ってきました。ご参加頂けた方は、その場で必要性は理解でき、1.2回目は実行できたとしても、「めんどくさい」などの理由で継続性がありませんでした。それでも、草の根の運動だと思いやってきましたが、このままでは、子どもたちのその先の時代まで良い食文化が残らないと危機感を感じていました。 
 そんな時に「やせる出汁(だし) 著書:ダイエット外来医師 工藤 孝文」という本に出会いました。その本は10万部以上売れている人気の本で、内容も食育・味覚のことやだしの効果効能、その根拠が書いてありました。先生との繋がりはありませんでしたが、「この先生と組んだら絶対おもしろい!」と思いメールしたところ、なんとお会いできることになり、福岡の先生の病院まで会いに行ってきます(笑) だしの効果効能は沢山あり過ぎて、今までちゃんと整理できていませんでした。しかし、糖尿病内科医の現役の先生が書いているので裏付けがありますし、工藤先生は「味覚がその人の体系、体質を決めている。」と言われており、本を読んでとても共感しました。 実際に、その本に書かれていることは素晴らしいことばかりで、その本に書かれているだしを準備するには、4種類の素材を用意しなければならず、しかもその用意した素材を粉砕したり、混ぜたりと手間がかかります。きっと一般の方であればここで挫折して、続きません(笑) しかし弊社では、より細かいパウダーで、より呑みやすく製品を作ることができます。 そして、先生とタッグが組めれば、「やせる出汁プロジェクト」がスタートできると思います。 将来的には、産官学医連携で、次世代の為の基盤や協会を作りたいと考えています。しかし今までは、うまくいってるものばかりではなく、スイーツとのコラボレーションやジビエ節、高級ふりかけ。ポン酢などなど、失敗作だらけ(笑) チャレンジし、動き続けるといつかは当たると思います。 

記者:木村さんの食育に対する思いがとても熱く、聞いていてだしについてもっと知りたくなりましたし、木村さんのそうなるようになった背景をもっと知りたくなりました。

Q.「子どもたちのその先の時代まで残る、よい食文化を伝道していく」ために、どんな目標や計画を立てていますか?

木村:「計画的偶発性」という、計画的に偶発性なことを起こしていくというスタンフォード大学の理論があり、それを実践しています。今までは目標を決めて、そのためにはこれが必要だからこれをやろうという計画を立ててやってきました。しかしあまりギチギチに計画を立てるのではなく、ベクトルだけを決め、色んな偶発的なことが起きた時に対応ができるようにゆるいスタンスにしています。方向性は持つけれど偶発的な出会いをしていくことで、決めたベクトルの方へ向かっていきたいと思っています。これもトライアンドエラーですね。

記者:時代の流れに合わせ変化し、偶発的な出会いを楽しんでいるお話がとても印象的でした。

Q.「子どもたちのその先の時代まで残る、よい食文化を伝道していく」を叶えるために、現在どのような活動指針を持って、どのような(基本)活動をしていますか?

木村:人に会うことと、発信し続けることです。 呼吸をするように、情報の受信と発信をして、自分が喜び、喜んで頂ける方と組んでいきます。 今日も、ドラマ「てっぱん」の時に出会ったお好み屋さんからの繋がりで、キャベツ農家さんが300人位集めるキャベツ収穫祭に参加してきました。そこには農家さんや飲食店の方、キャベツ農家さんを応援したいいろいろな職業の方が参加しており、「偶発的に何が起こるんやろう?」と。 今回も凄い引きで今後につながりそうな出逢いがありましたよ(笑) 
 オンラインがいくら発達したとしても、オフラインで出会った時の熱量が大事だと思います。その一期一会を大事にしながら、自分のやっていきたいことを発信し、どんどんシナジー効果を起こしていきたいと思っています。

記者:インタビュー中も木村さんの熱量が大きく、思いの強さが伺えたのが印象的でした。

Q.そもそも、「子どもたちのその先の時代まで残る、よい食文化を伝道していく」という夢を持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?

木村結婚当初、子どもが望めない状態でした。そこから2人で向き合い、勉強し、医学や食のチカラで改善していき、結果3人の子どもを授かることができました。しかし、産まれてきた時に長男が病弱だったのです。夫婦で病院によく連れて行き、治しに行っているのか、貰いに行っているのかわからない位病院に通いました。どうしたらいいんだろうと一緒に調べる中で出逢ったのが、食育の大切さでした。勉強をしながら実践する中で、長男や私たちの体質変わっていくのを見て、これはみんな知った方がいいことだと思いました。その感動経験があって、食育の大切さや食文化を伝えていくことを決め発信するようになりました。

記者:木村さんがここまで熱く食育の大切さを発信する背景には、いろいろな経験からの行動があったからだと、納得ができました。

Q.木村さんがそれ程までに愛情を持って活動されている背景には、何があったのですか?

木村私を突き動かしている原動力は、実はワクワクではなく恐怖心です。家業である鰹節屋の営業を20代で行っている中で、鰹節を使う人がどんどん少なくなっているのを感じた時に、鰹節屋は将来無くなるのではないか。会社や自分の人生を守れなくなるのではないかという恐怖心が芽生えました。
 私は自身に天性の才能があるとは思っていないので、みんなより先に動くことを常に意識し、行動してきました。そんな中、35才の時に何かあったわけではないけれど、死を意識しました。いつまでも生きられると思っていたら、行動を後回しにしてしまいます。明日死ぬかもしれないと思えば、後回しにはできません。あまり言うと具現化するので、言わないようにしていますが、45才の時に死んでも今世は良かったなと思える人生を過ごそうと、楔を打ってやってきました。やりたいことや聞きたい音楽などはまだまだ沢山ありますが、今死んだとしてもシャーナイと思える位に動いてきたと思います。

記者:原動力が恐怖心であることまでも言える、自分にまっすぐに生きているとてもかっこいい方だと思いました。常に言葉に責任を持ち、実践され続けている、本当に魅力的な方だと思いました。貴重なお話ありがとうございました。

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木村さんの活動、連絡については、こちらから↓↓

HP:https://www.katsuobusi.com/

Facebook:https://www.facebook.com/tadashi.kimura.16

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【編集後記】
インタビューの記者を担当した山口と不知です。
終始笑われているのがとても印象的で、初めて会ったとは思えない位にとてもオープンで、熱量が大きい本気で生きている方だと感じました。人生に向き合う姿勢も見習らうことが多く、多くの方に知っていただきたい方です。木村さんのますますのご活躍を楽しみにしております。

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