「先生も子どもも”行きたくなる”教育の場をつくりたい」―学校の外から教育を変える挑戦 株式会社せんせい市場 代表取締役 水野孝哉さん

中学校理科教員として5年間勤務し、ICT教材やアプリ開発で注目を集めながらも、「このままでは何も変わらない」と教育現場の限界を痛感、教員を退職。現在はYouTubeやSNSで教育のリアルを発信し、授業アイデア共有サービス「せんせい市場市場(いちば)」を立ち上げた水野孝哉さん(株式会社せんせい市場 代表取締役)に、教育への思い、起業のきっかけ、未来への展望をうかがいました。教員を辞めてでも届けたかったのは、「先生も子どもも行きたくなる学校」という、新しい教育のかたち。――その挑戦の軌跡に迫ります。

〈プロフィール〉
水野 孝哉(みずの たかや)
株式会社せんせい市場 代表取締役/元中学校理科教員
愛知県半田市出身。愛知県岡崎市の公立中学校で理科教員として5年間勤務し、授業準備や教材開発に情熱を注ぐ。教員時代に10万DLを超える学習アプリ「理科単語ウルフ」を開発し、ICTを活用した授業改革に取り組む。しかし、授業準備の時間不足や業務過多、教員の長時間労働など教育現場の課題に直面。尊敬する先輩教員のメンタル不調による退職も経験し、「学校の外から教育を変える」ことを決意。2022年3月に教員を退職。その後、教育コンテンツを発信するYouTubeチャンネル「やんばるゼミ」を開設し、登録者は55万人を突破。ショート動画は500本以上、総再生回数は10億回を超える。InstagramやXなどSNSも活用し、教育現場のリアルを発信。現役教員、学生、生徒、保護者など幅広い層から共感と支持を集める。2024年には、授業アイデアを共有できる教員向けプラットフォーム「せんせい市場」の構想を発表。クラウドファンディングでは538人から7,022,281円の支援を受け、2025年4月3日に正式リリース。「先生も子どもも行きたくなる学校」を目指し、教育の現場と未来をつなぐ活動を続けている。

【夢はなんですか?:「先生も子どもも行きたくなる学校を」──元教員が描く理想の教育】

記者:早速ですが、どのような夢、ビジョンをお持ちなのか教えていただけますか。

水野:はい。僕が目指しているのは、「先生も子どもも、もっと行きたくなるような教育の場をつくること」です。

記者:とっても素敵ですね。先生も子どもも行きたくなる教育の場というのは、どのようなイメージなのでしょうか。

水野:今、学校の先生が多忙であるということがよく話題になります。僕自身も中学校の先生を5年間やっていたのですが、その中で思ったのは、先生たちって本当にいい人ばかりなんですよ。僕のいた職場では、生徒思いで一生懸命な先生が多かったです。

でも、先生が忙しすぎるあまり、授業の準備が不十分なまま授業に臨むと、子どもたちって正直なので、つまらなそうにして興味をもってくれないんですよね。先生も、そのような反応の中で1時間話し続けることになってしまって…。
そういった状況が積み重なると、先生の心もどんどん疲弊してしまいます。そして、子どもたちの活気も、コロナ禍から徐々に失われていったように感じていました。

でも、学校って本来、楽しい場所なんです。すべての教室が先生にとっても子どもにとっても、もっと行きたくなる場所になってほしい。その思いが、起業につながりました。

【夢をどう実現していくか:現場の先生を救う!「せんせい市場」という仕組み】

記者:では、その夢を具現化するために、現在どのような目標、計画を立てていらっしゃいますか?

水野:前述した問題を解決するために立ち上げたのが、「せんせい市場」というプラットフォームです。
これは先生たちが授業のアイデアやスライドを投稿できるサービスで、SNSのように匿名でも使えるようになっています。
授業の準備に困っている先生がそこにアクセスすれば、他の先生が投稿した資料やアイデアを活用して、すぐに授業に取り入れることが出来ます。

先生たちが、忙しい中でも楽しい授業ができるようになれば、子どもたちも楽しく学べて、反応もとても良くなります!この積み重ねによって、少しずつ僕の目指すビジョンに近づいていくと思っています。

記者:とても画期的なサービスなのではないでしょうか。

水野:ありがとうございます。似たようなサービスがまったくないわけではないですが、既存のものは僕にとっては正直使いにくくて。
検索性が悪かったり、デザインもあまり親切じゃなかったりして、ユーザー目線に立っていない印象が強かったです。

だからこそ、僕たちはもっと直感的に使えて、現場の先生たちが本当に「便利だ」と思えるようなものをつくりたいと思っています。

記者:教育現場ではなかなかできないことを、ちょっと離れたところから、先生たちにご提供されているんですね。

【目標について:3年後には“先生の半分が知っている”──「せんせい市場」が目指す未来】

記者:3年後や5年後の目標はありますか?

水野:「せんせい市場」を知っている、あるいは見たことがあるという先生は、全国の先生(約100万人)の1%くらいまではすでに届いていると思います。
それを踏まえて、3年後には「先生の半数が“せんせい市場”という名前を知っている」状態にしたいですね。そして、5年後には「教育に欠かせない存在」になっていたい。それが今の目標です。

記者: “せんせい市場”というネーミングに込めた思いは何ですか?

水野:朝、先生が市場に足を運ぶ様子をイメージしました。市場全体が活気に満ちて、「これ良いよ!」「これ最高!」と威勢の良い声が飛び交っていて、魅力的なアイデアや教材がズラリと並んでいる、その中から、“今日は何を仕入れよう”ってワクワクしながら教材を選ぶ、その楽しさのまま授業ができたら最高じゃないですか!
そうすることで、先生のワクワクは、きっと子どもたちにも伝わるはずです。

記者:市場って活気があって楽しいですよね!

水野:「せんせい市場」が目指すのは、まさに、教育現場に活気とワクワクがあふれる場所です。先生も子どもも楽しくなるようなプラットフォームにしたいと思っています。

理想は、「せんせい市場」の教材一覧を見て、「この授業面白そう!」と思ってクリックすれば、その教材がすぐに手元に届いて、翌日の授業からでも活用できる状態です。先生が「これやりたい!」と思ったその熱が冷めないうちに子どもたちに届けられる。このスピード感は教育においても非常に重要です。

さらに、先生のリアルな声が反映され、良質な教材が自然とランキング上位に表示される。そんな仕組みがあれば、教育現場で真に価値あるものが選ばれ、教育の質は着実に向上していくと思います。

教材がスピーディーに流通し、活発な競争の中で経済も循環する。そうした意味も込めて“市場”という名前をつけました。

【活動の方針:本物を目指すー徹底した“見せ方”と“使いやすさ”】

記者:では目標、計画に対して、今現在どのような活動指針を持って、基本活動をされていらっしゃいますか?

水野:何事にも本物をつくることにこだわっています。
中学校退職後に始めたYouTubeチャンネル「やんばるゼミ」の動画では、「まずは視聴者に見てもらうこと」に全力で取り組んでいます。
見られなければ僕たちの思いは届かないので、バズる動画をつくることに本気で取り組んでいます。その中で先生たちの強い思いや、先生から生徒への愛情が伝わるような構成にしています。

一方、教材・授業アイデアを共有できるプラットフォーム「せんせい市場」では、とにかく「使いやすさ」を最優先にしています。ユーザーが何を求めているのかを真剣に考えて、徹底的につくり込んでいます。

それぞれの場で「本当に必要とされるもの」を追求し、どちらも妥協せず、“本物”を届けたいと思っています。

記者:全力で取り組んでいらっしゃることは、YouTubeのショート動画を拝見させていただきながら感じました!とても熱量がありますし、先生たちの職員室での会話や、先生が生徒さんをどのように見ているのかなど、とても楽しく拝見させていただいております。

水野:ありがとうございます。動画の中で特に伝えたいのは、「先生たちは、生徒のことを本気で考えている」ということです。
日常の中では伝わらない、先生の愛情や努力、常に子どもたちの事を考えている姿を、
少しでも動画の中で感じてもらいたいです。
身近な先生の想いが伝われば、先生と生徒のすれ違いも減らせるのではないかと思っています。

記者:先生の想いを知ることって大事ですね。私も、学生時代には気づくことが出来なかった、先生達の愛情を感じました。

【夢のきっかけ:頼れる先輩の退職──教育の現場で感じた衝撃と限界】

記者:水野さんが夢やビジョンを持つきっかけは何だったのでしょうか。そこにはどんな出会いや発見があったのですか。

水野:教員1年目のときに出会った、先輩の先生がきっかけです。その先生はすごくパワフルで、生徒思いで、僕が落ち込んでいたら励ましてくれたり、ラーメンに連れて行ってくれたりするような方でした。
でも、その先生が転勤先で心を病んで、教員を辞めてしまいました。それが僕にとっては本当に信じられないことで……。
その出来事が、自分にできることは何かないのかと考えはじめる、最初のきっかけになりました。

記者:その時のご自身の授業や、状況はどうでしたか。

水野:僕は先生になってちょうど5年目くらいで、授業にも少しずつ自信が出てきた時期でした。ようやく余裕が出て、周りの先生たちの状況も見えてくるようになってきた頃です。

学校の中では家族の介護をしている先生や、小さいお子さんがいて早く帰らないといけない先生など、家庭と両立しながら教員を続けている方はとても多いです。そのような状況下で、さらに残業して授業準備までしっかりと行うのは現実的に無理です。

毎日、まだ外が暗いうちから働き始めて、夜遅くまで職場に残る日々が続いていました。ずっと仕事漬けの生活でした。
それほど先生って業務量がとても多いので、結果的に一番大切な授業がおざなりになってしまう。
そんな状況から、「これはもう教育業界の構造的に変えるのは無理なんじゃないか」「教育現場の中にいては何も変えられない」と強く思うようになりました。

近年、現場の先生が忙しいという事が認知されるようになり、それが原因で先生の成り手が減って人手不足が進み、さらに状況が悪化する負のスパイラルが起きています。

だからこそ、自分のYouTubeチャンネルで、「先生って親しみやすい」と思ってもらえたら先生になりたい人が少しでも増えるかもしれない。そんな思いで発信し続けています。

【映像と教育のつながり:一番好きで秘めていたスキルが、教育に必要になる時が来た!】

記者:今、水野さんが熱量を持って活動されている背景には何があったと思いますか。

水野:もともとは、中学生の時に映画監督になりたくて。
夢のプランを書き出す授業で、「先生」と「映画監督」、現実路線と夢路線で決めきれなくて両方を書いた記憶があります。それくらい映像が好きで、あとパソコンオタクだったんですよ(笑)

中学時代、誰よりも早くMacBookを買って、映像編集やプログラミングに没頭していたんです。高校時代は自分で映画を撮ったり、簡単なアプリをつくっていました。部活を早めに終わらせてプログラミングの事ばかり考えて(笑)。先生になってからもサッカー部の顧問をしながら、映像がやりたくて、自分でマルチメディア部を立ち上げて、活動をしていました。

やがてコロナ禍になり、教育現場ではICT化が一気に進められたタイミングでした。タブレット導入や映像授業が求められるようになってきて、「今まで秘めていた、一番好きなスキルが、学校の現場で必要とされている!」と感じるようになりました。

コロナ禍で文化祭や修学旅行が中止になる中でも、子どもたちには教室で楽しんで欲しい、クラスの一体感を感じてほしいと考え、教室で生徒と動画を撮る事を思い付いて、映像制作に没頭しました。

さらに、当時開発したアプリが、岡崎市を含む愛知県内の小中学校のタブレットに配布され、「自分の提案が教育現場に届く」と実感できたのも大きかったです。

このような経験を通して自分の出来る範囲も広がり、自信がついてきたのもあって、「自分にできることから一歩ずつ始めよう」という思いで、「せんせい市場」を立ち上げました。

【”知る”ことから始まる:みんなで育む未来の教育】

記者:最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

水野:教育は、私たちにとって非常に身近な話題だからこそ、さまざまな意見が交わされ、ときには厳しい声が向けられる分野だと感じています。

現場の先生たちは、多くの制約の中で、毎日精一杯努力を重ね、子どもたちと本気で向き合っているということを知ってほしいです。

先生の懸命な姿や深い愛情は、なかなか見えにくいものかもしれませんが、そうした現場の思いや姿勢に、少しでも目を向けていただけたら、とても嬉しく思います。

もし機会があれば、「学習指導要領」にもぜひ一度目を通してみてください。そこには、子どもたちの「生きる力」や「成長」について、想像以上に深く考え抜かれた教育理念が詰まっています。そして、その理念を、日々の授業や学校生活の中で実現しようと奮闘している先生たちがいます。

教育は、学校だけで成り立つものではありません。保護者の方々や地域の皆さんと力を合わせ、子どもたちの成長を支えていく。そんな“一枚岩”のような協力関係が築けたなら、教育現場はきっと、もっと良くなっていくと思います。

記者:先生たちの想いに胸を打たれました。水野さんのご活動は、先生にとっても、子どもたちにとっても、大きな希望に感じます。本日は貴重なお話をありがとうございました。

<水野 孝哉さんのご活動詳細はこちら>

・せんせい市場 https://senseiichiba.com/
・やんばるゼミ
 ▶YouTube https://www.youtube.com/@yambalsemi/
 ▶ Instagram https://www.instagram.com/yambalsemi/
 ▶ X https://x.com/shogusensei/

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【編集後記】

水野さんのお話からは、教育の最前線に立つ先生方が抱える葛藤や情熱、そして子どもたちへの深い愛情が伝わってきました。
「学校を外から変える」その挑戦は、時間をかけて取り組んでいく長期的な道のりだと思いますが、水野さんはその道を一歩ずつ、誠実に歩まれています。
「先生も子どもも行きたくなる学校」を本気で目指す水野さんのご活動が、教育に関心を持つすべての人にとって希望となり、これからの教育の未来を切り開いていくことを、心から応援しております!

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