「より身近で生活に根差したアートの楽しみ方を広げ、日本美術を後世に継承していきたい。」国宝伝道師 宗像智子さん

国宝伝道師の宗像智子さんにお話をお伺いしました。

【プロフィール】
国宝伝道師。「アートは、人生を面白くする。感じる力を磨けば、自分の世界は広がっていく」をコンセプトに、2019年からロンドンにて、日本美術を、世界や西洋美術との対比で楽しむ講座を開催。
2020年から日本でオンラインシリーズ講座をスタート。アート × 心理学 × 脳科学 × コーチングを掛け合わせ、参加者一人一人の生活や興味関心に合ったアートの活用方法を見つける体験型講座を開催。“実践アートサロン”では、再現性と継続性のある場を提供している。

記者:どのような夢やビジョンをお持ちですか?

宗像智子さん(以下敬称略)アートの面白さに気づく人を増やし、日本人が自分たちの手で日本の美術を守る社会をつくることです。日本には世界に誇る美術品がたくさんあるのに、関心はそれほど高くありません。その原因は、なんとなく敷居が高く、日常から切り離された特別なものと扱われているからだと感じています。日本美術に親しみを感じている、アートを日常に活用しているとは言い難いのが現状です。

振り返ると学校の美術の授業では、描いたり創作したりと表現することが中心で、鑑賞について学ぶ機会はほとんどありませんでした。今の子ども達の世代でも、その状況は大きく変わっていません。でも実は洋の東西を問わず、美術品には文化、政治、宗教、音楽、文学、科学などの時代ごとの社会的背景が凝縮されていて、鑑賞を通じてあらゆる要素を横断的に学ぶことができます。細分化された縦割りの科目に美術という横串を指し、全体像を把握するイメージです。意外なことに、美術品は多様性や価値観の違いを学ぶ教材にもなります。なぜなら同じ作品を見ても、感想は人それぞれだからです。人には色々な考え方があると知り、それを認める。他者を認めることは自分が認められることにも繋がります。

もしこうした教育が学校で行われていれば、アートはもっと身近で幅広い人たちに活用されていたのではないでしょうか。でも実際は、アートに触れる機会がない人、大人になってから美術館に行ったことがない人は多くいると思います。逆に言えばアートの価値にまだ気づいていない人がたくさんいて、広められるチャンスがあるということ。こうした層にアートの面白みが広がれば日本美術への関心も高まり、国全体の意識が底上げされていくと考えています。その先に自然と日本の美術を守りたい気持ちが芽生え、後世に残す動きが出てくる。そう信じています。

記者:それを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?

宗像:アトを実用的な教材として活用する方法を広めたいと思っています。アートに親しみを持ちにくい理由のひとつは、楽しみ方がわからないから。小説や映画であれば、作者がつくったストーリをそのまま受け取るだけで楽しめます。悲しみや喜び、怒りといった感情は、作者の意図した通りに鑑賞者の心を動かします。でもアートは、作品とタイトルがあるだけです。現代アートになると、そもそもタイトルすらない作品も多く存在するほど。それなのに作品を目の前に置き、「はい、好きなように鑑賞してください」では、ほとんどの人は困ってしまいます。とはいえ、時代区分や分類(例えば西洋ではルネサンス、バロック、古典主義といった区分。日本では狩野派や琳派など)、使われている技法、解釈のルールなどを見聞きしても、「へー、そうなんだ」と思うもののすぐに忘れてしまう。そんな経験はありませんか?実は私もそうでした。 そのような解説は、ただの情報であり、やや専門家向けだからと気がつきました。

もちろんアートの楽しみ方に決まりはなく、どう鑑賞するのも自由です。でもまったくわからない分野で、自由に考えたり行動したりするのは簡単ではありません。「私は感性がないから」と言う人がいますが、そうではないのです。ルールを知らないスポーツを観戦しても、面白くない、盛り上がれないのと同じです。でも逆に、基本的なルールや選手の得意技などを知っていれば「もうちょっとでゴールだったのに!」「その技をここでやるのか!」など、見方がかなり変わります。アート鑑賞も同じです。ほんの少しの予備知識やコツを知れば、自分なりの楽しみ方を見つけられるようになります。

私が楽しみ方のひとつとして提案しているのが、アートを自分の成長や気づきに活かす方法です。具体的には、自分や他人への理解を深める、ビジネスにも使える思考を鍛える、歴史や文化を学び世界を知る、より良く生きる知恵をつける、などです。他人の視点に触れると、視野が広がります。他者の個性を知ると、自分らしさに気がつきます。他国を知ると、世界の広さを感じ好奇心が高まります。感じる力がつくと、人生が楽しくなります。

私がアートへの入り口をつくり、その先は各自が好きな道を行って、好きなようにアートを楽しむ。
この時、自分の興味関心をより深掘りするためにコーチングによるサポートも行っています。「この先、どんな道を選び、どんな時間を過ごしたいか」を考えることは、人生そのものを考えることだと思っています。だからこそ、アートをきっかけに自分と向き合う時間を大切にしてほしいと願っています。そしてだんだんとアートへの関心が高まり、好きになっていく。さらに「子どもに、後世に守り伝えたい」という気持ちも芽生えてくる。そんな流れをつくりたいと思っています。

記者:その目標や計画に対して、現在どのような活動指針を持って、どのような(基本)活動をしていますか?

宗像:「アートは人生を面白くする。感じる力を磨けば、自分の世界は広がっていく」をコンセプトに、「思考と生活に変化をもたらすアート術」という全8回の講座を開催しています。オンライン開催なので、日本だけでなく世界中からもご参加いただいています。「思考と生活に変化をもたらす」のタイトルのとおり、自分が変わることを実感できるのが特長です。たとえばひとつの絵画を見て、参加者同士で感想や解釈を出し合います。同じ作品を見ているのに、同じ感想はひとつもないんですよね。自分がまったく注目していなかったポイントに他の人が興味を持っていたり、その逆があったり。自分では当たり前だと思っていた感じ方が実はユニークで、「おもしろい!」と言ってもらえたり。自分がなぜそう感じたか、それをどんな言葉を使って表現するか、そこに千差万別の個性が現れます。そこを深堀りすることもあります。講座では、意見の非難や批判はしません。ここで大切なのは、世の中には色々な見方や価値観があると肌で感じること。自分と異なる視点を目の当たりにする楽しさや自分の個性に気づく面白さを、アートを通じて体感してもらえればと考えています。

アートは時代の鏡とも言われ、人間性、地域性、その時代の価値観などがぎゅっとひとつの作品に凝縮されています。時代や国が異なるアートを比較すると、考え方がまったく違うことが見えてきます。その結果気づくのは、自分の考えや世間の常識が絶対的な正解ではないということ。もっと柔軟に考え、型にはまらず生きていいんだと、前に進む力を得ることができます。ほかにも、美術を使って歴史や文化を学んでいます。美術にはもともと、情報をビジュアルでわかりやすく伝える、記録に残すといった実用的な側面もありました。たとえば、外交の成果や英雄の活躍を世に知らしめる、文字が読めない人に宗教の世界観を伝える、などです。

アートが理解できない理由のひとつは、こうした作品の役割や歴史的背景を知らないこと。でも背景を知れば、面白さがわかります。事実の羅列だと思っていた歴史の教科書が物語に変わり、わけのわからないアート作品に込められた意味に感心する。当時の雰囲気までも感じられ、この世の成り立ちに思いを馳せることができます。

また、美術史は人類の表現における革命の歴史です。アーティストが何に挑戦したのか。何が斬新だったのか。現代の“当たり前”はいつどのように創られたのか。作品が世の中を変えた。その歴史的価値に、何十億という価格がついています。意外かもしれませんが、アートは現代社会を深く理解するのにも役立ちます。たとえば、コロナウイルスの対策。日本と欧米では大きく違います。強いリーダーシップで統制する国や、警察が厳しく取り締る国。一方日本は「自粛」を呼び掛け、企業や個人の判断に委ねる方法を取りました。各国の特徴や国民性が色濃く現れましたよね。でもどちらが優れている、劣っているということではありません。根本的に思想や信念が異なり、歴史や価値観も違うのです。それについて理解を深めるために、宗教画を見ながら古事記と聖書を読み比べ、同じ疫病への対応がなぜまったく違うのかを解説する講座も行いました。

こんなふうにアートを通じて価値観や多様性を学び、視野を広げ、自分の世界を広げることを目指す講座を行っています。講座以外では、誰でも気軽にアートを楽しめるメールマガジンを配信しています。タイトルは「出会うだけで磨かれる『絵を見る1分』」。日本や世界のアート作品を毎回ひとつ紹介し、作品の解説やアートを日常に取り入れるちょっとしたコツを配信しています。こちらは無料です。講座に行くまでもないけれど、少しアートに興味がある人におすすめです。

記者:そもそも、その夢やビジョンを持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?

宗像:会社員時代に、油画の保存修復を学んだことがきっかけです。今まであるのが当たり前だと思っていた美術品は、実は莫大な費用と時間をかけて守られてきたことがわかりました。技術を継ぐ人がいなかったり災害が起きたりと、この瞬間にも少しずつ朽ちているのです。このままでは、日本の美術品が消滅してしまうと危機感を持ちました。でもこれに気づいたのは2015年と、わりと最近です。その前はシステム系の会社の人事部門に13年間勤めていました。仕事は楽しくやりがいもあり、深夜残業も休日出勤も気にならないくらいでしたが、妊娠・出産・育児が転機になります。これまでのように働けなくなり、今まで夜遅くまで一緒にがんばってきたメンバーに「お先に失礼します」と声をかけ、小走りしながら時計を見て保育園のお迎えの時間を確認し、オフィスを後にする日々。職場は子育てに理解があり、リーダーの立場から突発的な欠勤をしても影響が少ない役割に変えてくれました。子どもに何かあれば優先しなければと考えていたので、ありがたかったです。実際に子どもが急遽入院したことがあり、休める環境に深く感謝しました。逆にその経験があったからこそ、「もっとできる、もっとやりたい」と言えなかったのも事実です。

こんな気持ちと裏腹な状態で、定年まで勤める自分が想像できませんでした。「このままでいいのかな……」と悩み、人生をかけて一生続けられる仕事がしたいと考えるようになりました。そのときに、真っ先に思いついたのが絵画の修復です。学べる工房があると知りすぐに習い始め、「これは生涯をかける価値がある」と直感しました。数か月後には退職し、この道へ進むことを決意します。ほどなく日本博物館協会の求人を見つけ、即応募しました。システム会社にいた経験を活かし、修復士の情報のデーターベース化の提案など、応募書類なのに熱いプレゼンのような内容を書いたのを覚えています。それが「面白い」と採用され、東日本大震災の文化財復興プロジェクトに事務局として携わりました。

この仕事を通じ、文化財を守るために今までどれだけの人が関わり時間が費やされてきたのかを知ることになります。そしてこんな膨大な労力は続かないと、脱力するような気持ちになりました。日本を日本らしくしている数々の美術品や文化。それを失う未来が近いと肌で感じました。そんなことは、絶対に防ぎたい。美術館や研究者に任せきりにしないで、自分たちの手でも守ろう。まずは専門家しか知らない美術品の現状を広く知ってもらおう。こう決心しました。このとき、具体的なプランがあったわけではありません。でも、学芸員や研究者ではない「私がやる」。そのことに意味があると使命を感じました。

そんな矢先、夫のイギリス赴任が決まります。退職するのは非常に残念でした。でも長年の憧れだった海外生活ができる喜びも大きく、異文化への期待を胸に一家三人でイギリスに渡りました。イギリスは、とにかく多国籍なグローバル社会。電車の中でも街中でも、英語ではなく世界中の言語が飛び交っています。あらゆる国の人や文化に触れ、日本人らしい価値観や美意識が自分に中にあると強く意識するようになりました。イギリスでは美術館・博物館の入場料が無料で、アート好きにとっては天国です。かつて世界を支配していたイギリスにはあらゆる国の全時代のアートが集結していて、飽きることがありません。幾度となく訪れ、絵画の見方を学びました。その中でひときわ輝いて見えたのが、日本の美術品です。とても繊細で、どの国とも違う独自の美的感覚。異国の地で日本人としての意識が高まっている中で見た日本の美術品は、私の心を揺さぶるには充分過ぎました。「やっぱり、日本の美術を残したい。この素晴らしさを広める仕事がしたい。」と強く思うようになりました。


記者:その発見や出会いの背景には、何があったのですか?

宗像:日本の美術の素晴らしさを広めたい。そう思っていたものの、実は自分が日本についてあまり知らないことに気づかされます。娘の友達のお母さん達の出身はイギリス、ブラジル、フランス、インド、ニュージランド、スロバキア、アゼルバイジャン、中国など国際色豊かだったのですが、「日本ってどんな国?」「行くなら日本のどこがおすすめ?」などと聞かれても、うまく答えられなかったんです。これは勉強せねばと思い、日本の伝統文化、美術史、歴史、宗教、文学、国宝などについてはもちろん、西洋美術史や欧米の歴史文化についても学びました。比較することで「なぜ日本がそうなのか」が見えてくるからです。

その中で、繊細な美術を生み出す高い水準の文化が、日本を守ってきたこともわかりました。欧米列強の植民地化を逃れたのも、戦後に日本語を奪われなかったのも、日本文化が日本人の精神的支柱になっており、略奪することができないほど重要だったから。そして欧米人から見ても、残す価値が高い文明だったのが一因です。そうしたことを知ると、絵画や工芸品がただの作品ではなく、日本を守ってくれたかけがいのない財産に見えてきます。日本の美術を守りたい気持ちがさらに強くなり、在英日本人女性のコミュニティにて、日本美術を通じて日本の文化や歴史を学ぶ講座を行い、好評を得ました。これが、今行っている全6回のオンライン講座の原型です。アートを使って自国のこと、他国のことを学ぶ。こうしたことは義務教育で取り入れたほうがいいと考えています。

たとえばイギリスの小学校では、ミュージアムで肖像画や歴史画を見ながら自国について学ぶ授業があります。自国についてしっかり語れる教育がなされていて、感心しました。グローバル化がますます進むこの時代、自国について知る教育が日本にも必要ではないでしょうか。日本は階級社会ではなく教育水準も高いため、誰もがチャンスをつかみ、海外で勝負ができます。世界に出なくても、SNSやYouTube、メディアを通して、世界各国のニュースも一般人の日常も価値観も、誰もが見聞きするようになりました。「なぜ海外ではこうで、日本はこうなんだろう?」そんなことを感じる機会も増えたように思います。日本という国がどういう国か、日本人とはどういう特性があるのか、自分はこの国で育ち、どんな影響を受けているのか。そこがわからないと、世界に目を向けた時にアイデンティティが揺らぎ、苦しむことにもなります。まさにイギリスで私が感じた苦しみであり、多くの日本人が同じ思いをしていました。日本のことを知らない。それは、自分のことを理解していないような恥ずかしさでした。

しかしアートをきっかけに日本の教育や歴史を知り、それがどのように自分に影響しているのかもわかりました。私の中にある、脈々と受け継がれてきた日本人の精神性のようなものも、アートから伺い知りました。その結果、日本人として育った自分の内側の輪郭がくっきりし、「ロンドンにいても大丈夫。日本人という看板で生きていく」という気持ちになれたのです。日本が世界に影響を与えた美術と文化を通じて日本のことを学べば、誇りを持って日本の良さを外国人に伝えられるし、愛着心や親近感を持って自分たちの手で美術を後世に残したいと思うようになるはず。そんな思いに至り講座を行っています。

一般的に、アート関連の講座は作品解説が多く、扱う範囲が限られていたり予備知識がないとわからない内容だったりと、初心者にはハードルが高めです。一方私の講座の特長は、実用的であること。アートを通じて生活、ひいては人生を豊かにすることを目指しています。講座に参加することで、忙しく流れていく日常にアートを楽しむ時間が加わります。アートを見て感じたことを言葉にするうちに、自分が大切にしていることや思考の方向性が見えてくる。他の人の考え方を知ることで、同じものを見ても解釈はひとりひとり違うことに気づく。こうしたワークを繰り返すことで、だんだんと視野が広がり、感性が磨かれていきます。広く他人を知ると、執着していたことから解き放たれる、他人(ひと)は他人(ひと)と割り切れる、悩みも「まあいいか」と思える、新しいことに刺激を受けなんとなく意欲も湧いてくる、といった効果もあります。

そもそも人には美しいものを見たい欲求があり、アートに触れ続けるうちに心も満たされてくると思います。審美眼も養われ、自分にとって良いもの、正しいことを見極める力もついてくるでしょう。もちろん、即効性のあるものでもありません。この楽しみ方が正解でもありません。講座をきっかけにアートに興味を持ち、そこから自分なりの楽しみ方を見つけてもらえればと思っています。受講生からは「美術館が退屈だったけど、行きたくなって行った。面白いと思えた」「苦手意識があったけれど、自分で楽しめるようになった」「古事記を買った」「過去なんて関係ない、興味ないと思っていたけど、アートから時代に想いを馳せることができた、視野を広げてくれた」などの声が寄せられ、手ごたえを感じています。アートが好きになれば、アートの存在意義を感じられるようになる。そして日本美術の良さも実感し、守って後世に残したい気持ちが芽生えてくる。そう信じています。そしてその気持ちを形にするには、現実的に資金が必要です。将来的にはいつでも募金ができ、しかるべき機関に寄付できる仕組みをつくりたいと考えています。私たちが行動するかどうかで、50年後、100年後に目にする世界は変わります。千年、数百年と受け継がれてきた日本の美術を未来に残すために今すぐ動くことが、私の役目だと確信しています。

記者:貴重なお話をありがとうございました。

宗像さんのご活躍は下記のHPからご覧になれます。

https://www.joy-value.com/

編集後記

ある映画をきっかけに、絵画修復士という仕事に出会い、芸術の意義や面白さに気が付いたという宗像さん。アートは教育に使える素晴らしい道具であり、アートの魅力や世界が着目する日本美術にかける想いが伝わってくるお話でした。ありがとうございました。

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