「がんばるな、夢中になれ」古民家カフェスペースAgiteオーナー 時松順さん
イベント企画から古民家カフェスペースのオーナー、講演活動など幅広く活躍されている時松順さん。仕事と遊びの境目がなく、日々ワクワク過ごされている背景をお伺いしました。
プロフィール
出身地 福岡県北九州市
活動地域 福岡県北九州市
経歴 元うつ病・引きこもりのエリート
世界的な外資系企業を開発エンジニアとして4社わたり歩く
上司のパワハラ、過度な職務プレッシャーからうつ病となり4ヶ月の寝たきりを経験
現在の職業および活動 イベントプロデュース、心理学集客クリエイター、古民家カフェスペース運営などを手がけている
座右の銘 がんばるな、夢中になれ
がんばるな、夢中になれ
Q:どのような夢やビジョンをお持ちですか?
時松 順さん(以下、時松 敬称略) 僕が今手がけているビジネスはたくさんありますが、その1つのイベント企画が、内閣府からの認定を頂いています。又、カフェスペースAgiteの運営、活躍されている社長たちの講演会、心理学を使ったマーケットコンサル・集客セミナー、講演会などがあります。全て自分の心がワクワクするものばかりです。楽しくないことはしたくないと思っています。
ゲームでもYouTubeでも良いので、自分が楽しいと思うことをとことんやって、なぜ楽しいのか、どうしたら人がハマるのか、といった感覚をもっと身につけていくことが大切だと思います。AIやクラウドが発達している今の時代は、暗記中心の教育ではあまり意味がないと思います。それよりも、「ワクワク」や「楽しい」に人が集まる時代だと思います。人はその「ワクワク」や「楽しい」といったもっと感情的なものに共感したり感動して「ありがとう」という思いが生まれます。今からの時代、実はこれがお金に代えられると思っています。1億円は1億「ありがとう」。例えば、超人気Youtuberなんかはこれですね。本人は画面の中で遊んでいるだけですが、人がこれに共感したり、感動して、「ありがとう」が生まれ、結果年収○○億円みたいなことが起きていると思っています。これからは遊びと仕事の境界線がなくなっていきます。もう今までみたいに、我慢の対価としてのお金をもらう時代は終わりです。自分のワクワクに従って遊んでいくことが仕事になります。
楽しいことをやるといっても、僕はボランティアはしません。お金は社会の血液だと思っていて、お金のないやり取りだと「ありがとう」がどこかで停滞し、絶対に無理が生じると思います。けれど、僕がビジネスを組み立てる時は、いつも「三方よし」というのを考えています。「三方よし」とは、お客様、業者さんなど関わってくれる人、そして最後に僕たちです。例えば、僕はイベント企画をやっているのですが、イベントを開催する時には、こんな風に考えます。まずはお客様。お客様が120%楽しくなる、来たくなる企画は何なのかっていうのを頭が禿げるくらい考えます。結構細かいことも見ていて、例えばテーブルやテントをこう配置した方がイベントに入りやすくなる、などの配慮もしています。次に、業者さんなどの関わってくれる人。例えば、出店者は初期出店料を無料にしています。つまり、出店する時点でのリスクは限りなく0です。その代わり売り上げの○○%をイベント終わりに出店料として頂いています。こうすることで、雨や集客失敗などで、お客様が来ない時は、出店者さんの売り上げが上がりません、そして僕の売り上げも上がりません。一方、集客に成功してドカッとお客様が来られた場合、本来最初に出店料を一万円と言っていたら絶対に出店しなかったであろう店舗さんが、その何倍ものお金を「ありがとうございます」と笑顔で言いながら、渡してくれます。こちらから価値を先に提供して、その出来高制で僕に収益が入るようにしています。収入が入るタイミングを後に回すことで「三方よし」になります。「三方よし」を意識することにより、誰も負けず全員が勝つことができます。
楽しいことをやっていく
Q:「がんばるな、夢中になれ」へ向けて、どのような目標や計画を立てていますか?
時松 特に目標や計画は立てていません。目の前の楽しいと思うことをやっていくだけです。次に手掛けようとしているビジネスは、お金と集客について教える学校の建設と、完全循環型の次世代型農業です。
最近、仕事が増えすぎて僕1人では手がいっぱいになってきたので、一緒にできる人の育成を始めました。人を育てることは僕にとっても新しいチャレンジで、大変なこともありますが、楽しく取り組んでいきたいです。
時間を大切にする
Q:「がんばるな、夢中になれ」のために、意識していることは何ですか?
時松 常に心がけていることは、「0.2秒でイエス、2秒で最初のアクション」です。決められないのは自分の中でやりたいことがあるのに、色々なことや人目を気にして我慢しているからです。人間の脳は8割がネガティブにできていて、自分の気持ちを後回しにすると、どんどんマイナスな考えや言い訳が出てきて何も良いことはありません。そして無駄に時間が過ぎていきます。だから僕は自分の感情をそのままにせず、その場ですぐに処理をします。これができるようになるまで結構練習しました。今では本当に決めるのも動くのも早いですし、僕の周りの人たちもそうです。自分の気持ちに従ってやっているので、楽しくてどんどんやりたくなります。僕は食べる時とお風呂に入る時以外は、寝る直前までスマートフォンを触って何かしているので、本当に1秒も無駄にしていないですね。何もしなくなったら死んでしまうかもしれません(笑)。
我慢してがんばらない
Q:「がんばるな、夢中になれ」となったきっかけは何ですか?又そこにはどのような発見や出会いがありましたか?
時松 元々は半導体の会社に勤めていましたが、5年ほど前に、仕事のプレッシャーと上司からのパワハラでうつ病になりました。
4ヶ月間寝たきりで何もできなくなりました。この現状を何とかしないとと思いながら動けずにいた時に、フジロックフェスティバルで大好きなバンドが出演することを知ったので、気分は乗らないけれど、思い切って行ってみることにしました。
この行動が僕の人生を大きく変えることになりました。
彼ら5人のためにステージの前に4万人が集っていました。彼はらとても楽しそうで、その姿に4万人が感動しているのを見て、僕は涙が止まりませんでした。もう我慢してがんばるのは止めようと決めました。やり方は違うけど、彼らのように自分が楽しむことで人に感動を与えたいと心から思ったんです。
それからうつ病の薬を止め、会社も辞め、自分で活動を始めました。薬を止めたことで1日中めまいや嘔吐、振るえなどの禁断症状が出て、抜けるまでの2ヶ月間はうつ病以上に苦しかったです。又、自分で何かをするのは初めてなので、何をどうすれば良いかわからず、全財産が3万円まで落ちて、もう来月の家賃も払えないみたいな状態になったこともありました。とても辛かったですが、もう我慢してがんばる生き方は止めると決めていたので、何とか乗り越えることができました。
バカにされる自分
Q:「我慢してがんばらない」ということに気づいたのはなんでですか?
時松 うつ病をきっかけに、自分が自分を好きじゃない、「自」分を「信」じる力がないということに気づいたからです。気づいてしまったからには、もう変わるしかありませんでした。
僕の両親は、結構あれを「しろ」、これは「するな」、こう「すべき」と言ってきて、息苦しい思いをしていました。ほとんどの人の生きづらさの原因は、幼少期のこの「しろ」「するな」「すべき」ですね。さらに親戚は皆、学校の先生をしていて、特に祖父が僕の小学校と中学校の元校長先生で、街の教育長だったんです。学校の校長室に行けば、お祖父ちゃんの写真が歴代校長の中に飾ってあり、僕はいつも「偉大な時松先生のお孫さん」として周りから良い子でいることを期待されました。けれど、普通の子と違ってなかなかできませんでした。今思えば、僕はADHDだと思います。例えば、学校では落ち着きがなく「なんで一緒でないといけないんだろう?」と怒りに似た疑問を感じていました。けれど当時はADHDという言葉もなく、この違和感が何なのかわかりません。最近思い出したんですが、小学校に入学してちょうど1週間経った時に「僕は周りの子と違うから、自分を殺して生きよう」と決めたのを覚えています。
最初に入った会社はアメリカの半導体の大手企業で、ベンチャー気質で楽しかったですが、リーマンショックに合い、工場が閉鎖して530人の職員が全員クビになりました。もちろん僕もです。
次は日本の大手貴金属製造業にエンジニアとして入社しましたが、1年で辞めてしまいました。「しろ」「するな」「すべき」の塊で、外資系の自由な雰囲気を知っていたので、耐えられませんでした。
その次がフランスの大手自動車部品製造業の開発部に配属されました。開発「部」と言いながら、メンバーが僕1人だけだったので、全ての業務をこなす必要がありました。そのめまいのする業務をこなす忙しさとプレッシャーに襲われる中、さらに上司が「何やっているんだ!」と怒鳴る毎日毎日が続きました。今まで、僕は大学院卒で世界的大手企業を渡り歩き、英語もでき、収入は同年代の倍以上高く、社内での成績もトップでした。完全に自分はできるという自信とプライドの塊でした。しかし、毎日毎日上司から浴び去られる罵声にプライドは粉々に砕かれました。こうして「自分は何もできないやつだ、自分は無能なんだ、自分はダメなんだ」と日に日に気分が落ち込んでいきました。
僕の心と体は悲鳴をあげ、ついに限界に達してしまいました。そして病院でうつ病だと診断された時、全く動けなくなってしまいました。文字通り寝たきり状態になり、24時間中、23時間59分はベッドの上でした。そんな時、「自分の存在って何なのだろう?」「このまま消えてなくなったらどうなるんだろう?」とずーっと考えていました。この状態を何とかしたいと思い、僕はひたすら本を読んだり、ネットで調べました。そこで心理学と出会ったんです。
僕は自分はできる人間だと自信があるつもりでしたが、全く自信がなかったことに気づきました。いつもいつもバカにされる恐怖、周りからどう思われるかを気にしている僕がいたんです。だから自分の外に目を向けて、英語を身につけたり仕事ができる自分になろうとがんばっていましたが、全部、○○できるから、○○があるからといった自分とは関係ない条件付けの自信でしかなかったことを突きつけられました。自分を殺して本当の自分の願いをずっと叶えて来なかった、つまり自分自身に嘘をつき、自分の心に我慢を強いてきたから自分に自信が持てなかったのです。「自」分を「信」じる力がなかったのです。
AIが出てきている今、歯を食いしばってやってきたことは、AIがやってくれます。しかもAIは、速い、間違えない、休まない。今まで人間が我慢の対価としてお金を受け取っていた、いわゆる作業を全部AIに任せて、人間はもっと自分の感情的な部分で、もっと自分の感情を出して本当の願いを叶えて良いと思います。今は色んな仲間と仕事をしていますが、毎日が本当に楽しいです。これからも仲間と共にワクワクすることをつくっていくだけです。
読者への一言メッセージをお願いします
時松 「がんばるな、夢中になれ」それだけです。
記者 周りとの違いや決めつけが取れない中で、我慢してがんばり続けてきた時松さんだからこそ、ワクワクすることの大切さを感じておられるのですね。がんばらず夢中になって生きる時松さんの姿勢が、同じように心が傷ついている多くの人たち感動を与えていくと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございます。
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【編集後記】
今回、インタビューを担当した小水です。
自分自身と向き合うことでうつ病も乗り越え、ワクワクすることを仕事にされている時松さんの生き様は、多くの人たちの希望になると感じました。
自分が本当に願っていることがわからないまま心を殺している人が多いと思います。人間は何を欲望すべきなのかがわかった時、どこまでもワクワク夢中になる生き方が始まるのでしょうね。
今後の益々のご活躍を応援しています!