布団づくりは人づくり 有限会社 石橋蒲団店 代表取締役 石橋伸彦さん

確かなものを確かな腕で真心を込めて仕立てあげる信念を持ち、様々な賞を受賞。布団つくりの追求と技術と精神を伴った人の育成、日本独自の伝統技術を継承することに精力的に取り組む石橋伸彦さんにお話しをお伺いしました。

プロフィール
出身地:大阪
活動地域:大阪
経歴:高校卒業後、東京蒲団技術学院(職業訓練法人)1年間布団の基礎を学んで40年石橋布団にいる
「職業能力開発協会長賞」「大阪府知事賞」「内閣総理大臣賞」「大阪府青年優秀技能者表彰(なにわの名工わかば賞)」「大阪市中小企業青年優秀技能者表彰」「技能功労者表彰」受賞
座右の銘:何でも一生懸命

「寝ることや寝具の重要性に気付いてもらい、日本独自の技術を残したい」

Q.どのような夢やビジョンをお持ちですか?

石橋伸彦さん(以下、石橋 敬称略):寝ることの大切さ、布団だったら何でもいいという意識から、布団をもう一度しっかり認知していただきたいです。その上で自分の睡眠を考えてみませんか?ということを訴えていきたいです。

最近TVや週刊誌で睡眠負債についてよく言及されています。
よく眠るための専門家の先生の話はもちろん大切ですが、寝る時にどういう寝具を使っているのかも大切です。

運動、栄養、休息という要素は動物には欠かせません。運動は日常生活、栄養は食事、休息は休みです。すべての動物は寝る時間を持っています。だから寝ることはものすごく大切です。

数字的に言えば、お布団の中の環境は、温度が33度で湿度が50%というのが人間にとっては寝やすい環境だと言われています。
布団に時入ったときはいいのですが、吸湿性が悪いと布団の中に湿気がこもって寝にくくなります。それは体にストレスを与えることになるので良質な眠りとはいえません。しっかりと温度や湿度を維持できるものがいいです。

寝具店でつくっているお布団とそうでないお布団は明らかに差があります。
寝具店でつくっているものでも、技術や中に使う素材も違いますし、その人の体質や体形、悩みなどによって中の綿も変わります。
例えば男性の方が汗をかきやすい傾向があります。奥様からご主人の布団のことを相談されたりもしますが、男性と女性では汚れや傷みは変わってきます。

数値に現れない人の感覚を大事にしたいです。皆がいいですよって言っているから買ってみたけど、いいとは思えないことって感覚的にあるのではないでしょうか。そういったところを満足させてあげられること。データでは表し切れない「気持ちいい」と感じられるものに気付いてもらえたらと思っています。

そして、こういう仕事もあることを気付いてもらいたいです。
そうでないと我々の業界も成り立っていきません。お布団を仕立てることのできる布団屋さんが減っています。江戸時代から続く日本独自の伝統技術を残したいのです。

「自ら気づくこと」


Q.それを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか

石橋:今は情報が多すぎて取捨選択が難しい時代です。布団に関しても同じです。

私は金額重視なら他のお店に行った方がいいですよと言います。
「本物の布団が欲しい」とか、「何が本当に良い布団なのか聞きたい」というみなさんには、お布団について色々お話しさせていただいています。
お越しくださるお客様は眠りにお悩みがある方が多く、お悩みを聞き、それならこうしたらどうですかと提案させていただいた上で、サンプルのお布団に寝ていただいたり、素材を実際に触っていただいたりしています。触ったら明らかに素材の違いが分かりますから、これとこれを合わせましょうかとなります。
じゃあこちらでお願いしますという話の進み方が私のスタイルです。

布団についての手入れや、メンテナンスは他の人にも出来ますが、少し深い話になると私に回ってきます。

一連の流れを誰がやった場合でもできるような、カウンセリングのフォーマットの必要性も感じています。
知識として自分の中にしかないものですから、それをデータにすると堅苦しくもなりますので、それをどうしていけばいいのかを考えています。ニュアンス的なところもあり、マニュアルでは対処できないところでもあります。

昔やって失敗したことはもちろん我々にもあります。こういう綿の時はこうした方がいいというのは理屈ではありません。手で、体で覚えていかないと仕方がありません。その引き出しをつくっていくのが大変で、この時はこうですよって言葉ではなかなか伝えづらいです。
基本的なことは教えられますが、その後は作り手側の努力次第になります。だから知識だけではこの仕事は成り立たないです。
お話しながら、この綿とこの綿を組み合させるとこんな感じになるなとか、頭の中で布団をつくっていっています。

記者:本当にオーダーメイドですね。
話を聞きながら布団の設計図ができ上がっていくような感じを受けました。長年つくっているから提案ができますが、それが誰にでもできる訳ではないのですね。

石橋:あと国産綿花100%の布団を仕立て、供給したいという思いを持っています。
江戸時代に入り、綿花取引が盛んになりました。日本各地から大阪に綿が集められるようになりました。そして、当時、畿内が日本最大の綿花生産地として隆盛を誇ったのですが、明治に入り、次第に綿花の輸入が盛んになり、綿花栽培農家がなくなっていきました。
現在、紡績やふとん綿に使用される綿花は、100%輸入に頼っています。
趣味的な栽培は各地でもありますが、なかなか100%純国産綿花を使用した製品はありません。
そこで、休耕田を利用した綿花栽培が出来ないか、現在試験栽培をしています。実際、なかなかうまく進んでいませんが、それが安定供給できる量になればと思って取り組んでいます。

「布団づくりは人間づくり」

Q.目標や計画に向かって、どんな活動指針を持って、どのような基本活動をしていますか?

石橋:お客様から信託されるわけですからそこに真摯に向き合える人間になれないといけません。
自分のものは丁寧につくるけれど、人のものは金儲けのためだけに適当につくる姿勢や態度では上達できないことははっきりしています。
例えば彼女にプレゼントするものを自分で包装をしたりする時には気持ちが入ります。女性がバレンタインの手づくりチョコを作る時など気持ちや想いが必ず入ります。
そういった想いを常に大切にすること。それがものづくりに携わる心構えだと教え子たちにも言っています。

そういうものは必ず現れます。私の師匠がそういう人でした。
師匠は「布団づくりは人間づくり」だとおっしゃっていました。

高校卒業したての当時の私には意味が分からず、大丈夫かなと思いました(笑)だけど、歳を追うごとに分かってきます。
「ああ、こういうことを言われていたのだな」ということが多々あります。

師匠に教えられたのは最初の基本だけですが、それでもきちっとした布団を仕立てられるように1年で持っていってくれました。しかしその後、続けていくうちに素材の違いや技術の未熟さなどがあるのでどうしても疑問がわいてきます。それを突き詰めていくと素材による違いが分かったり、こういう時はこうした方がいいということが分かってきたりします。

記者:心のこもったものを使うべきだと思いました。

「師匠との出会い、綿の面白さに気付いた」

Q、今のお仕事をするようになったきっかけは何でしょうか?

石橋:高校を卒業して進学するか専門学校に行くか働くかを考えていた時に、子供のころ布団屋を舞台にしたテレビドラマの中で着物の形をしたかいまき布団を見て”なんだこれ!?”と感じたことを思い出して、それを作ってみたくて布団の仕立て方を学びに東京に行きました。その時は教えてくれるところが東京しかありませんでした。

その師匠のところへ行ったのが今の仕事のきっかけです。
大正生まれの海軍出の師匠で厳しく指導されました。

「布団づくりは人間づくり」とか言われながら、なんだここは?と思いながらやっていましたが、かいまき布団をつくってみたいという想いがあり我慢してやっていました。国家検定の1級の試験がかいまき布団です。1年の終わりがけに初めてかいまき布団を教えてもらいました。

師匠のところから帰ってくる間際に綿の面白さに気付きました。
それがきっかけではまりこんでいって、もがいてやってきました。決して楽な仕事ではありませんが、おもしろいから続けられるのだと思います。

布団の中でも座布団は難しく今でも悩みます。容易にできる人もいますが、全体のバランスが難しいです。
おそらくお客様には分からないところです。

記者:日本の繊細さですかね。お客さんにも分からないのにこだわるのはなぜですか?

石橋:綿を触っているのが好きだからです。周りから仕事ばかりでなく趣味を持てと言われますが、私にとってはこれが趣味みたいなものです。もちろんそれだけではありませんが…

「感謝の気持ちと自ら動いて気づくこと」

Q、きっかけから、どのような気づきや発見がありますか?

石橋:意味が分からなかった師匠の言葉の意味が分かるようになりました。
師匠に言われた同じようなことを教え子たちに言います。私の母親からお前の教え子はお前と同じようなことを言っていると言われます(笑)似てくるのでしょうね。
理解できる歳になったらわかる気がしています。別にこだわってどうこうではなく、どのような人となりで生きていかないとならないのか。そういうことを自然と学んでいってくれているのかなと思います。私も学ばせていただきましたし、今も学んでいます。若気の至りで反発もしましたが(笑)

例えば「徳を積め」と当時18歳の自分に言われても分からなかったですが、今思えば心学を中心におっしゃっていたのかなと思います。
「施しを与えろ」とか、施しって何だろうとか。
こういうことを毎日の朝礼の中で朝礼ノートに書き留めていました。書いているだけで意味も分からずに大阪に帰ってきました。ただ1年間言われているから頭に残っていて何なのかと気になるのです。

施しに関して自分の中で最終的にまとまったのは「人に対して今の自分にできることを精一杯すること」にたどり着きました。

記者:言葉として覚えるだけでなく、ご自分で実践して腑に落ちるのを感じました。

石橋:行きついたのがそうで、それが正解なのか分からないです。ただそうすることで感謝もしていただけます。
感謝も大事だと思います。人と関わるご縁に感謝し、商売でもご縁があってお客様として関わってくれているので、人とのつながりが増えていくのも感謝です。無理に感謝ではなく、自然と感謝できる心持ちでいられるようになったことはありがたいです。

記者:こういうことは布団だけでなく、すべての人に共通するものですよね。

石橋:そうですよね。社会で生きていく上で絶対に必要だなと分かってきます。

記者:どんな人間になって、何をするかと言われますが、どんな人間になるのかというのを、すごく大事にされているのかなと感じました。

石橋:やりたいことが分からないと特に若い人がよくおっしゃるのですが、分からなくて当たり前だと思います。たまたま僕はテレビを見たのがきっかけで、この世界に入りました。やっていて楽しいですが、やはり悩む時はあります。

分からないから動けないのでなく、動いてから何かをつかめたらと思います。ずっと動けないままでは何の世界もみることもなく、そこに立ち止まっていることになります。自分から能動的に動けないと気づけるものも気づけなくなってしまいます。
うん?と思った時にはまず考えて、分からないなら動いてみる。一歩動いてみないと何も見えきません。何でもいいからやってみたらいいと思います。

試しにやってみたらよかったじゃんって言えますし、こうしてみたらっていうアドバイスもできます。立ち止まって何もしなかったら疑問も出てきません。動かないと自分から疑問も湧いてきません。疑問が湧いてこなければ人は成長しないと思います。

記者:そういう気持ちが製品にも出ているのかなと感じました。

Q.読者に向けて一言お願いします。

石橋:「ありがとう」という言葉をかけること常に心がけています。
何かをした時に「ありがとう」と言われたら嬉しいものです。単純に言われたら嬉しいから、反対に相手にも「ありがとう」という言葉をかけます。
そこから始まるのかなと思います。

記者:何かしてくれることが当たり前だと思ったら始まらない感じがします。逆に関係性も心の動きも終わってしまいそうですね。

石橋:精神的な成長がないと人間は窮屈するのではないでしょうか。
生きている間に感謝とかそういうことを分かれる人間、「感謝しています」「嬉しい」「楽しい」「幸せ」などの言葉が自然と出てくればいいのかなと思います。
金持ちとか裕福になりたいという欲は大事です。欲が無い人間は生きていけないので。ただ、そればかりでは幸せになれない。精神的な豊かさや成熟がないと無理なのかなと思います。
そういうことも含めて「ありがとう」という言葉を大切にしたいです。

【編集後記】
インタビューの記者を担当した川名、所、小畑です。
人間性が育まれる心を込めた布団づくりに取り組まれている石橋さんの姿勢に感嘆しました。日本独自の技術を残すことの大切さを感じ、心が込もったものを使いたいと思いました。
石橋さんのますますのご活躍を楽しみにしております。

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