地域に根差し、テーブルにストーリーを 株式会社グロッシー 代表取締役 北村貴さん

確かな情報を得て、生活者に届けたいと東京と北海道の二拠点で活躍する北村貴さんにお話を伺いました。

プロフィール
出身地:
北海道十勝郡浦幌町生まれ。
活動地域:
北海道、東京
経歴: 石油メーカー、マーケティング会社に勤務した後、1997年日本で2番目となるインターネット専業マーケティング会社、㈱マーケティングジャンクション設立。 1万人の女性モニターをネットワークし、プロモーション企画及びコンテンツ開発に携わる。 2003年北海道の逸品食材を販売するECサイト「北のフードソムリエ」を開設し、その後北海道にUターン。 2007年食とローカルにマーケティングテーマを絞り㈱グロッシーを立ち上げ、代表取締役就任。500人の料理家やシェフと一緒に「ていねいな暮らしと食生活の見直し」を提案する
現在の職業および活動:株式会社グロッシー 代表取締役
座右の銘:
成長を目指すなら、コンフォートゾーンを捨てなさい

「私だからこそできることをやり続けたい」

Q.どのようなビジョンをお持ちですか?

北村貴さん(以下、北村 敬称略)  私の使命とも考えていますが、「まいにちのテーブルにストーリーを」というコンセプトを持っており、その中で「一次情報により近い、良質な二次情報の発信者でありたい。」「生活者が正しい知識と情報を有し、自分の意志でよい食を選べる社会を作りたい」という2つのテーマを中心に様々な活動をしています。料理研究家やシェフの方々とのネットワークをつくり、レシピの開発や今までにない商品の開発などもしています。また皆さんの食べ方の偏りや味覚の乱れに課題を感じていたので、日本味育協会を立ち上げ味覚教育の事業もしています。
また通販の経験を活かし、地域の逸品を紹介していく仕事もしています。生産者(一次情報)によりそい、良質な二次情報の発信者でありたいですし、それによって、生活者(消費者)が今売られている食品や食材にはどんな背景があるのか、よく理解して購入できるような社会を作っていきたいと考えています。

Q.それを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?

北村 今年は準備の一年だと感じています。偶然コロナ禍と重なりましたが、ここ数年、貨幣価値中心の社会に限界を感じていました。この先のアクションを整理していくための1年なので、トライ&エラーをたくさん繰り返しています。そこから本当に私がやりたいと思ったこと、私がやるべきと思ったことを実現していきたいと考えています。具体的には2020年4月に人材育成と地方創生をテーマにした会社「Dialogue for Everyone」を立ち上げました。セカンドキャリアや、副業&二地域居住、移住を考える人などに、「地方でのインターンシップの機会」を提供し、スピード感もって人脈とビジネススキームを構築し、活躍できる仕組みを提案します。私のビジネススタイルはいつも決まってパートナーが必須です。自分の中ではいくつものビジネスプランがあるのですが、そのプランを「一緒にやりたい」と考えてくれる人が出てきたら、ビジネスが形になるタイミングだと思っています。だから今回新しく立ち上げた会社の構想は、10年以上前からもっていたものです。今後もたくさんやりたいことはありますが、誰かが一緒にやろうと声をかけてくれるタイミングではじめていこうと考えています。

Q.その目標や計画に対して、現在どのような活動指針を持って、どのような活動をしていますか?

北村 普段は会社の業務や社会問題についての情報共有などをしています。弊社は社員以外にも500名の料理研究家とシェフの皆様がいます。私はこの方たちと一緒にできることを常に考えています。私1人でもできることはたくさんありますが、より多くの人から共感を得るためには、誰かと一緒にやることを大事にしています。そしてそのプロジェクトをやることで、どんな意味があるのか。私がやる意味があるのかを考えて判断します。まとめると①私がやりたいかどうか。②一緒にやってくれる人がいるのか。③私がやることに意味があるのか。この3点を大事にしています。もし私以外でもできることなら、それはアイディアごと手放して他の方に譲るようにしています。

Q.そもそも、そのビジョンを持ったきっかけは何ですか?

北村 大学進学で東京に出てきて、メーカーに就職し、いくつかの転職を経て1997年に当時ではまだ2社目のネットマーケティング会社を立ち上げました。当時ネットマーケティングはスタート直後だったこともあり、たくさん取材してもらったり、メディアにも多数とりあげてもらいました。私自身はビジネスとしてもうまくいっていると思っていましたが、37歳のころ北海道の実家に帰るたびに、お店が一件づつ閉まっていくのを見て、この地方と東京との違いはなんだろう?と疑問に思い始めました。Uターンのきっかけはいくつもありますが、一番大きかったのは1人の人間の影響力の差です。東京は1000万人都市で、私が何かしようとしても1000万分の1の力です。でも実家がある北海道・浦幌町は5000人の町ですから、5000分の1の私。1人の影響力が断然違うと考えました。またこの地域で生まれ育った私だからこそ、何かできることがあると思ったのがきっかけでもあります。

Q.東京で活躍していたのを止めてまで、帯広に戻り活動されている原動力はなんですか?

北村 育った環境がかなり影響していると思います。私の実家は地元の素材を扱った事業をしており、創業から120年続いています。特に祖父の姿が印象に残っています。祖父は小学校を卒業してからすぐに働き始めましたが、兄弟や子供たちは全員大学卒業するまで育て上げ、事業を切り盛りしていました。死ぬ間際までラジオで経済評論家の話を聞き続けるほど、勉強熱心で情報通で、商売上手でした。地域に根付いた事業を続けた祖父が亡くなった時に、お世話になったと声をかけてくださる方をたくさん見かけました。そんな祖父の後を父が継ぎ、今は弟が継いでいます。あの姿を見ていた経験から、私の中にも地域に根付いたことをしたい考え、そこで得た利益もまた地域に返したいという思いがありますね。

記者 お話を伺いながら北村さんの人を引きつける魅力との行動力を感じました。本日は貴重なお話、ありがとうございます!

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北村さんの活動、連絡については、こちらから↓↓
■株式会社グロッシー 
http://www.glossy.co.jp/

■料理家ネット
http://ryorika.net/

■日本味育協会
http://miiku.jp/

■タカとケイコの食旅チャンネル
https://lcjtryal.thebase.in/

■note
https://note.com/taka_kitamura

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【編集後記】
今回、インタビューを担当しました清水です。
話を聞く中で地域に根差し、またその利益を地域に返すという循環させるイメージがとてもできました。その地域のことを愛し、想うからこそ、いろいろな方が惹きつけられると思います。
これからの活動も応援しています!

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