先生も生徒も学び、挑戦する。それが新しい「道」になる 市立札幌大通高等学校商業・情報科教諭 西野功泰さん

〜プロフィール〜
西野功泰 にしの よしやす
札幌市出身。札幌市立大通高等学校商業・情報科教諭。
福井大学大学院・福井大学・奈良女子大学・岐阜聖徳学園大学 連合教職開発研究科所属。2009年よりチャレンジオータム事務局長を務め、2014年より高校生チャレンジグルメコンテスト事務局長を兼任。アニマドーレプロジェクトやみんなが学校、札幌ラウンドテーブルなど教育や地域に関わる様々な企画に多数携わる。
座右の銘 不易流行(変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと)

西野さんが教諭として勤める市立札幌大通高等学校は、想像以上に活気あふれる空間でした。
学生の笑顔、笑い声、交流する声が絶えず空間に響き、ここは学校なの?と思うくらいです。大学受験のために過ごした記者の高校時代のイメージとは180度違う印象に度肝を抜かれました。
「高校の先生」というよりは「爽やかで社交的な起業家」という印象の西野先生の取材は軽やかにスタートしました。

校内完結ではなく、企業やNPOとのコラボレーション

【質問】今の活動について教えてください。
西野功泰さん(以下敬称略):札幌の中心地にある市立札幌大通高校の商業・情報の教諭をしながら、校内や校外の人たちとあらゆる企画や運営をしています。また、昨年から連合教職大学院生として、研究と実践をしています。

今の企画の中心は高校生と地域をつなぎ、生かしあうこと。札幌のど真ん中、たくさんのフェスやお祭りが常時行われる大通公園が目と鼻の先という位置にあることも最大限活用させてもらい、昨年も170万人が来場した、さっぽろオータムフェストに学生が中心となって、出店をさせていただきました。

市立札幌大通高等学校には、不登校経験者や様々な困り感を抱く生徒もいます。そういった生徒をサポートする仕組みや環境づくりを生徒や先生方、地域の方々と共に進めています

今の時代は学校もすごいスピードでどんどん変わっています。
とにかくものすごい速さなんです。私がこの10年間やってきた、地域と連携した教育活動も始めた頃は敷居が高かったんです。なのにもう今では当たり前になってきています。

北海道の中でも大都市である札幌の真ん中で、多様な生徒が通っています。多様なニーズに応えるには、校内完結型より色々な方々とコラボレーションしながら教育活動を行うことで、生徒がより良い形で育って行く学校づくりができてきていると思います。

これまでの10年は学校や教員の地域連携に関連する新しいプロジェクトのたちあげを、がむしゃらにやってきました。生徒や先生たちと一緒にチャレンジしてきましたね。
と同時にチャレンジも大事ですが、学校では継続性という面も大切です。よくある一人の名物先生みたいな人だけができる、というよりは先生が変わっても、誰でもできるようにしていく必要があります。

記者:なるほど。だから座右の銘が不易流行なんですね。
西野:そうでうすね。新しいチャレンジをたくさんしてきましたが、自分が高校時代に受けたことがない授業を教員としてやって行く難しさを感じることもありました。本当にこれで正しいのか?という問いかけを何度もしましたね。続けていいのか?という不安が出てくることも正直ありました。

そんな時期に3大学連合教職大学院の話をいただいき、挑戦することにしたんです。

学校と地域の壁を突破し、学校の外へ出るという挑戦

【質問】なぜ、地域と連携した教育活動に着目したんですか?
西野:教員になって初めて担任を担当した高校での経験や、異業種交流会に行ったこともきっかけになりましたね。

期限付教諭を2年したのち、正規採用から2年目、25歳でいきなり40代のベテランの先生が受け持ってたクラス、しかも進学や就職を控えた高校三年生の担任を担当しました。初任2年目にはあまりに大きすぎる仕事だったんですが、がむしゃらにやって、全員卒業してくれました。

そのあと、さらに進路指導担当をやることになったんですが、これまたすごいミッションがあって。その子達が卒業したら、閉校になる学校だったんです。そこで「進路決定率100パーセント」というミッションが課せられました。

それで、就職希望生徒を企業に売り込んだんですよね。その結果学校に協力してくれると言ってくれる企業も出てきて。面接する企業が面接練習に協力をしてくるとか、親身に相談に乗ってくれました。でも、そういった地域連携が当たり前じゃなかった。「一企業と繋がるのは問題じゃないか」というのが学校判断でした。

それになかなか納得ができなくて、一時は教員とは別の道も考えました。
そんな時に札幌に新しい学校ができるっていう情報をもらって。

「社会に近い、開かれた高校です。」っていうワードに心を打たれました。
ここで地域と連携した教育をやりたい!と思いました。運良く採用してもらえたんですが、まだ本校も開校2年目で、ほとんどスタートしてなかったんですね。それで地域の人と繋がるにはどうしたらいいのかネット調べて。出てきたのが異業種交流会だったんです。

企業の社長さん、保険会社の人、そのほかにも教員の活動範囲では出会えない、いろんな方がいて。そういった場所は初めてだったし、すぐ逃げられる(笑)ような一番端っこに座ってたんです。でも、「現在・過去・未来や、自分が人に提供できる価値を語る」というテーマの自己紹介が面白くて、聴き入っちゃったんです。

自分の番が回ってきて、「自分だったら、これから生徒と社会の窓口になれるかもしれない」っていうことを話したです。そしたら、終わったあとに、何人かの方に声をかけてもらえて。そこから地域企業との連携が始まりました。

「学校が下、企業が上」ではない社会

【質問】今の立場や、条件を一切なしにして、西野さんがやってみたいことはなんですか?
西野:以前は就職のために学校から地域社会のスムーズな移行というのをやっていたんです。うちの学校はもともと中学校で不登校を経験した生徒が少なくありません。就職先で何か失敗しないように、力をつけて社会へ出てもらおう!という体制でした。

でもそれだと社会が上で学校が下になってしまう。でも本当はありのまま、今のままでも存在として必要とされる場所はたくさんあるんですよね。決められたことを身につけないと適応できないってことはないんです。

高校のうちから、「ありのままでも十分社会に適用できるし、もし何かあれば戻ってくればいい。」そんな風に高校生のうちから地域の中、社会の中にいるのが当たり前。そして地域に貢献するのが当たり前の文化になれば高校の教育は誰にとっても魅力的なものになると思います。

教員の課題は大学院の中ではなく、学校にある

【質問】なぜ連合教職大学院に行きながら、高校の教諭も続けているんですか?
西野:去年、今までの実践をより深めたり、広げるための力をつけたいと思っていたんです。でもなかなか自分にヒットするものが見つからなくて。

そのときに、福井大学、奈良女子大学、岐阜聖徳大学の3校連合の教職大学院を創る、という話が飛び込んできたんです。現職を続けながらがいい、学校の先生の課題は「現場」にある。休職したりするとその話題がすでに古くなるくらいスピードも早い。だから研究の課題はあくまで「学校の中」ということを言われました。
学校拠点方式の大学院はドンピシャで。

実践を積みながら理論を形成していくのがすごく良かったんです。
実践と理論の往還(行き来すること)っていうんですが、今は地域をフィールドにした学びの場を継続しながら、生徒も関わった教員も地域も大人も表現する場が作れているんです。高校生が発表する場の提案は様々なところからしていただけるのでとてもありがたいです。
こういったことも数年前までは新しい取り組みだったかもしれないんですが、ここ数年で全国でも一気に増えています

新しいことができれば、今度は継続性と広めるという課題が出てきます。そこで生徒の学びの場を支える大人の学びの場が鍵になってきます。そこで3年前から「札幌ラウンドテーブル」を同僚と立ち上げてその一助になればと思っています。

自ら選択して、想像以上の成果を作り出す

【質問】この10年で先生や学校が変化することによって、生徒たちにはどんな変化が現れましたか?
西野:そうですね、生徒が変化した、というよりは生徒によって私たちが気づかされ、仕組みが作られていくということがありました。生徒の「やりたい」や、誰に言われるでもなくやってみたことが本校の独自性・特徴にもなっています。

その一つが「教科横断学習」です。たくさんの企業と連携している「みつばちプロジェクト(みつプロ)」という札幌の街中で養蜂して、採れた蜂蜜や商品を販売するプロジェクトがあります。

本校は単位制で、自分で授業を選択するんです。みつプロでは、ハチと蜂蜜を教材としていくつかの教科が取り入れており、私は商業の授業で商品開発や販売実習を行っています。その中で、ある生徒が「みつプロ」に関わる授業を3年間かけて、すべて受講していたんです。

結果的にその生徒は、みつプロの蜂蜜を銀座で販売した時に、お客様からのどんな質問にも答えることができました。そこではかなりマニアックな質問も出てきたんですが、自分が商業に関することは答えられても、そうじゃないことは答えられない。でも、その生徒が全部答えていたんですよ。

強制したわけでもなく、自ら選択して、想像以上の成果を作り出したんです。
それぞれに担当を持っている教師が何人集まっても、この発想には至らなかったと思います。生徒を見て、私たちが気づかされましたね。

単位制の授業なので強制はできないですが、これは資質能力に値すると思います。言われる前に自らの選択によって自分の可能性を見出していましたね。

諦めていた世界にもう一度挑戦する

もう一人は当時身なりが派手で、授業に身が入ってない生徒。その生徒が3年生の時に単位が足りなくて。「今年卒業したい」っていうので、何がやりたいか訪ねると舞台の裏方やりたいと。でもよくよく聞くと、どうみても舞台の上に立ちたそうだったんですね。

本校はバレエや演劇などの舞台に出る子達が午前だけ授業を受けて、午後以降はそのために時間を作ることもできます。彼女は過去に挫折して、意欲がなくなっていたんだそうです。

でも、本当にやりたいのは舞台の上に立つ人だってことに気づいて。
話を聞くうちに「やっぱりまたやってみる」って決意したんですよね。
その日から毎日ほぼすっぴんで学校にきて、ダンスの練習して、スクールにも通い始めて、行きたいと思っていた芸術関係の大学に受かったんです。

でも卒業後に会ったら激やせしてて、、、バイトを2つ掛け持ちしていることがわかりました。寝る暇もほとんどない。どうしてそこまでするの?と尋ねたら、「大学にお金が原因で行きたくても行けなかった友達がいる。仕送りは送ってもらえるけど、そんなことしたらその友達に申し訳ない」って。

自分に課したハードルを貫き通したんです。その結果、今は日本の有名なダンスシーンで成功を納め、次は海外へ挑戦するそうです。

こういった例を見ると、僕らが当たり前にしていた進路指導じゃないもののモデルが出始めてきていますね。ありのままで社会に適応するっていうこととも繋がってきています。

地域社会との交流で自分の人生を自ら決める

質問 その子たちの変化や、やる気のきっかけはなんだったんですか?
西野:もともとポテンシャルがあったところをちょっと押しただけなんです。私たちはプロジェクトを校内完結型にしない。商品開発もシェフや企業とタッグを組む、先生以外の大人に相談できる機会を作るとか、色々なロールモデルに会ってもらうんです。

両親や、バイト先の人、学校の先生くらいしかロールモデルがない。それなのに将来何やりたいか聞いても出てこないのは当たり前だと思ったんです。いろんな大人と接触する機会を作っておくと、ある日いきなり「先生、進路決まったよ〜」って生徒が言ってくれるんです。

学校の先生じゃなくて、その地域連携で関わったその分野の専門の大人と相談して進路が決まったとか。 地域連携が僕にとってはいろんなところにパスが出せる感覚なんですよね。

だから僕もすごく気持ちが良いんです。会社訪問や、関心のある大学の先生のところに行ったり、様々な働くオトナに会いにいったり、外の何かしらに行ったら、生徒がそれなりの表情で帰ってくるんですよ。 その道さえ作れば、生徒が自分で走っていくことができるということを、生徒が教えてくれました。

記者 なるほど。今日はお忙しい中、取材を受けていただきありがとうございました!

西野功泰さんのfacebookページはこちら

〜編集後記〜

取材を担当した深瀬と原田です。西野さんのお話を伺って、学校に対するイメージが「固くるしい与えられた教育をする場所」から「フレキシブルでそれぞれが選択して必要だと思うことを学ぶ場所」に変化しました。時代は驚くほど変化のスピードが早く、それに即した学校にならざるを得ないのかもしれません。そして、「社会に近い、開かれた学校」がどう作られているのかを感じ取ることができました。
これからの教育に可能性を感じせさせてくださった取材になり、ともに今の時代を生きる人として未来を創る西野さんの姿勢に希望を感じました。これからの活躍も楽しみです。

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