時代はコミュニティ!安心安全な地域コミュニティつくりに邁進する具志堅渚さん

アクティブに、自分に素直に、心が赴くままにトライ&エラーをし続け、夢の実現に向かっている具志堅さん。その情熱とモチベーションはどこからくるのか?お話を伺いました。

●プロフィール●
1984年11月7日生まれ
出身:沖縄県与那原町
現在の拠点:福岡市
経歴・活動:理学療法士として14年、回復期病棟や訪問リハビリ、教員を経験。現在はデイサービス勤務。多くの高齢者と関わる中で、自分の両親の老後を想像した時にモヤモヤした感情を抱き、漠然と“高齢者と保育園をマッチングした施設をつくりたい”と構想。保育士である妹の影響もあり、「三つ子の魂百まで」の思想から、幼少期の関わりを大事にしたいと思い“たましい輝く保育園”をつくろうと思い立つ。しかし、今の制度の中では理想を叶える事が難しい事を知り、現在は枠外でなんとか形にできないか思案中。互助の関係の大切さも感じており、人に協力してもらいながら突っ走る事と伝える事に特化しながら邁進中!
他経歴:バストティシャンとして2年弱。年間50人以上のバストシェイプの実績。

記者 まず夢やビジョンをお聞かせください。

具志堅渚さん(以下、渚)一言でいえば「安心安全な地域コミュニティ創り」です。私が思う安心安全の定義は、「自分を理解し、相手を受け入れる、信頼の互助関係」。自分でできることは自分でやるけれど、できないことは「お願い!」とスムーズに言える関係性のコミュニティですね。地域に留まらず、なんなら日本をそういう国にしようよ!という想いで活動しています。

記者 地域だけでなく日本もですか!冒頭から壮大ですね!

 SNSが当たり前の時代になり、世界の誰とでもつながれるだけでなく、コロナ禍であらゆるものがオンラインにシフトしていますよね。ただ、心の底から安心安全の関係性をオンラインでつくれるのか?というと限度がある。ましてや隣近所の顔さえ知らない人がほとんどという現状です。でも、本当に困っているときに助けてほしいのは隣近所ではないでしょうか?同じ空気を吸い、同じものを食べることでつくられるオフラインのつながりを、いまこそ見直すべきだと思うのです。

日本は本来、隣近所と助け合う「互助の精神」がありました。でも今は、「個」に偏り過ぎた感が否めませんし、このことはモラルの欠如も生んでしまったと思います。

地域コミュニティの実現は、「自分さえ良ければ…」、「自分一人ぐらい…」という発想が自然と消えていくことも期待できますし、そんな街づくりをしたい。もし、互いに助け合えるような環境だったら、そもそもシニアの施設なんていらないと思いませんか?誰もが死ぬまで現役で活躍できる社会が、健康な社会だと私は思います。

記者 確かに安心して住める街や生涯現役の生き方は、誰もが願ってやまないことですね。

 そうです。もうひとつ、コミュニティつくりの要は、「子育て」ですね。三つ子の魂百までという諺のように、幼少期にどんな関わり、子育て、教育をするのか?を見直さなければならないときがきていると思います。今の教育は、一人一人の個性を活かすというよりは、「普通がいいよね」というような教育だと思いませんか?こういった、全てを一定水準にするような教育ではなく、そろそろパーソナルな部分に焦点を当てた教育も必要だと思っています。

記者 激しく同意しますね。誰もが個性の花を咲かせる子育ての夢の具現化をイメージするだけでワクワクします!では、それらの夢の実現に向けての目標や計画はありますか?

 私が掲げているのは、いわば「100年ビジョン」です。ですから私は、初動をスタートさせる役割を担って、あとは今の子どもたちにバトンを託します。

当初は「シニアと保育園をマッチングした施設」を構想し、まずは保育園つくりからと思っていました。ですが調べるうちに、今の制度内では実現が難しいことが見えました。ですからまずは、シニアのコミュニティつくりから始めようとしています。

記者 それはどういったものですか?

 地域に根差したシニアコミュニティをつくって、地域活動をして頂くんです。そうすることで、その地域の皆さんに知っていただき、信頼を得ていくことから始めようと。その土台ができた上で、シニアの方々に手伝ってもらえたら、保護者側も安心して受け入れられるでしょうし、大きなトラブルも回避できるのでは…と思うのです。

記者 高齢化社会が加速する中、活躍したくても活かせる場がないシニアの方も多いでしょうから、これが実現したら、喜ばれるでしょうね。

 保育園に限らず、ほかの得意分野も活かしていけるようにサポートしたいですね。私が掲げるものは、現行でいえばシルバー人材センターに近いと思います。もちろん、人材センターもたくさんの雇用と生き甲斐を創り出していると思いますが、まだ、やれることがありそうだなと感じています。

記者 なるほど。では日々の活動指針や心がけていることがあれば、聞かせてください。

 シンプルに、「動く・話す・仲間を集める」こと。これが私の役割です。私ができることは極端に少ないですし、もし出来ることが多かったとしても、一人では限度があります。ですから、動いて、話して、協力してもらう。その仲間集めに注力しています。クラウドファウンディングも検討しており、立ち上げたFacebookページは、有り難いことに1ヵ月で100人もの方々が登録してくださいました。このことは、改めてニーズの高さの確認にもつながりましたね。

また、語る時に心がけていることは、「伝わって!」という想いです。「これ面白くない?よくない?」と素直な思いをストレートに語るんです。そして、「わからないことはわからない」と飾らずに、正直に、包み隠さず「素の私」でしゃべるようにしています。やっていないことは、やっていないと言いますし、助言にも耳を傾けます。素直さは私の強みですね。

互助というからには、私が互助のモデルにならないと本末転倒でしょう?私一人が政治家になっても変わらないように、ビジョンに共感して動いてくれる人やお金を動かせるようになる。私が政治家になるのではなく、政治家を巻き込む作戦ですね。


記者 互助のモデルは素晴らしいですが、以前から遠慮なくお願いができたのですか?だとすれば、日本人には珍しいタイプですね。

 私ももれなく日本人ですので、元々は頼みごとができないタイプでしたよ。長女ですし、わりと器用で、大抵のことは1人でできてしまって人を頼れなかったんです。けど、このビジョンを掲げて気づいたんです。ここまで壮大になると、一人ではどうにもならないと。自分で自分の枠を取っ払らわないと、夢を叶えられない。ですから、このビジョンを掲げたことで、必然的に互助になるしかなかったのかもしれませんね。

記者 自ら掲げたビジョンが渚さんの成長にもつながったのですね。
では、どんな発見があって、このビジョンを掲げることになったのでしょう?

 きっかけは、父の提案でした。兄弟姉妹で何かやらないか?と言われたのです。妹は保育士で、私はシニアに関わる仕事をしています。ですから両者を掛け合わせたものを…と漠然と思ったのが出発でした。ただこれはあくまできっかけで、私自身の問題意識としては、シニアの実態でしたね。

父も60代になり、高齢期を迎えるのですが、シニアの過ごし方というか、施設に入った時のやるせなさを感じてしまって…。「もっと自分で生きる選択ができる環境がいいなあ。父だったら窮屈さを感じてしまうだろうな…」と。

そこで、既存にある施設や制度を調べたり、お話を伺っていく中で、単なる施設に留まらず、街づくりが大切ではないかという気付きに至りました。

子育て面でも、知れば知る程、山積みの問題が露呈し、教育改革の必要性にも気付きました。

そんな中、「こんな関係性、子育てがあったらいいな」と思えるコミュニティが、身近に既にあったことに気づいたんです。ああ、これが当たり前になったらいいんだ!これを形にして広げればいいんだ!って。

記者 モデルケースがあったとは、驚きですね!
ではそもそも、その夢を持つに至る背景には何があったと思いますか?

 私自身の人間関係の悩みが、背景にあると思います。あとは、離婚してしまいましたが、当時のパートナーが心の病だったので、力になりたかったこともありますね。

わたしに限らず、人はあまりに自分を知らなすぎます。そして、「親や社会の幸せの基準=私の基準」に知らずになっていて、本当の私を知らずに押し殺してきたんです。自分の外側に基準があるから、いつも他人の目が気になるし、これでは自分がどうしたい、どう生きたいのかもわからなくなります。親は自営で苦労したこともあり、子どもには公務員のような安定した仕事についてほしいと要求してきました。でも、私が本当になりたかったのは声優だったんですよ。

記者 自分自身を押し殺したり、人間関係にも苦労されたのですか?

 イジメも経験しましたし、人間関係のトラブルで、職場に行けなくなったこともあります。職場に行くのが怖すぎて、結局そのまま退職してしまいました。

悩んだ末に出会った心理学で、学ぶうちになぜ怖くなるのか、なぜ頑張りすぎるのかなど、今までみえなかった自分がみえてきたんです。認めてほしい!嫌われたくない!という想いにも出会いました。必要以上に頑張り過ぎる自分にも気づいて、「なぜこんなに頑張らないといけないの?この頑張りはなんだろう?」という疑問から、心理学、哲学、宗教学など、本も読み漁りました。さらに自分を知ろうと、マヤ暦や動物占い、数秘術、四柱推命、筆跡鑑定など、あらゆるものも取り入れて。最初は面白半分でやってみたこともありましたけど、自分がわかってくると軸ができるんです。すると、私はこれが得意だから、これを頑張ればいいとか、これは苦手だから手放せばいいなど、自分の活かし方もわかってきたんです。

親を責めるつもりは決してないですが、幼少期から、本来の自分を知り、それを伸ばす方向での関わりがあったら、自分も周りもラクですよね。でも、現状はなかなかそうはいかない。だからこそ、誰もが幼い頃から自分を殺さず、自分を知れるようになってほしいなと。

記者 人への愛を感じますね。それにしてもなぜ、そこまで人に愛を注げるのでしょう?

 両親の育て方じゃないでしょうか。両親はとにかく人を大事にするんです。人が財産だと口にはしませんが、体現しているんです。町内で両親を知らない人はいないですし、博多でいう山笠のトップのような存在です。私自身、そういった地域ぐるみの付き合いがあるコミュニティで育ってきましたし、その中心に両親がいたので、自然とそうありたい、そういう世界をつくりたい、と思うようになったのだと思います。

記者 両親、育った環境、身近な友人たちなど、モデルがたくさんあるなかでの夢なのですね。最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。

 日本には、絆というか、みえずともつながっている何かがあると思います。それが日本の良さだと思いますし、その日本の良さに立ち返ってもいいんじゃないでしょうか?ぜひ、みんなで協力して、安心安全な社会を一緒につくりましょう。今日はありがとうございました。

●具志堅渚さんのfacebookページ「たましい輝く保育園♡みんなでつくろう!」
https://www.facebook.com/groups/299680081289191/?ref=share

編集後記

インタビューを担当しました小水、岡山です。情熱たっぷりに語る姿をお見せ出来ないのが残念なほど、内から湧き出る想いに溢れたインタビューに圧倒されました。読者の皆様も是非一度、具志堅さんの想いを直接聞いてみてください。今後のご活躍を心より応援しております。

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