「おもしろおかしく生きましょう」うまか遊び庵女将 森温子さん

福岡で23年間続く和食料理屋「うまか遊び庵」。「おいしいものを遊びましょう」という思いが込められたこのお店では、女将の森温子さんがいつも朗らかに迎えてくれます。楽しくあろうとするちょっと型破りな森さんになる背景には何があったのか、お話を伺いました。

プロフィール
出身地   兵庫県西宮市
活動地域 福岡県
経歴   
都立松原高校卒業
演劇センター附属青山杉作俳優養成所卒業
平成8年6月  「うまか遊び庵」開業
現在の活動および職業   「うまか遊び庵」女将
座右の銘   おもしろおかしく

いつまでも好奇心いっぱいで面白いものを見つけるの得意!

Q   どのような夢やビジョンをお持ちですか?

森 温子さん(以下 森 敬称略)   毎日仕事で手一杯ですが、隙間に仕事の中に好きなことを入れ込んで、やりたいことをやりたいです。特に最近は、年齢的にも知人が亡くなったりと、人の死を意識するようになり、会いたい人には早く会いにいかないとと焦りが出てきています。でも、お店があるので、なかなか自由に動くことは難しいです。

   私は年に4回お店でイベントをしていますが、結局いつも私がやりたい企画をしています。昔から芸能が好きで、私自身も役者でした。落語やジャズなど、多様な芸能の方をお呼びしてイベントをします。又、お客様とお話する中で、アイディアが浮かんだり、ひょんなご縁から出演していただくこともあります。

   お店は40~50人くらいしか入れずお店の間取りも決まっていますが、工夫を凝らして、落語をする時にはカウンターの上を高座にしたり、座敷でジャズをしたり、又、フラメンコや講座を開いたりもします。このくらいの大きさですと、演者との距離が近く、奥歯まで見える迫力があって面白いんです(笑)。小劇場みたいです。

   又、日常の仕事でもお客様の話を聞いていると、私自身もその経験をしたような感覚になります。旅好きの私が「どこにも行けない」と愚痴ったら、お客様が「色んな旅の話を持ってきて、それを聞けるからむしろいいんだよ!」と言われて、そうかと納得しました。でも特別な話でなくて良いのです。大変だったことでも良いです。お客様から話を聞くのがとても楽しいです。興味津々。

   「うまか遊び庵」の「遊び」には「想像力豊かに感性を膨らまし、工夫を凝らして他にはないオリジナルなものを作る」という思いを込めています。ですから、「うまか遊び庵」は料理にこだわりはありますが、和食に留まらず、季節ごとの食材を使って多様なメニューを提供しています。それは、料理だけでなく、お客様との話を通して新しい考え方に出会ったり、やりたいイベントを開催することに繋がっています。

   無いところから新しく生み出して、色んなものを遊んでいくことをこれからも継続していきたいと思っています。

とれび庵便りを本にまとめる

Q   「いつまでも好奇心いっぱいで面白いものを見つけるの得意!」へ向けてどのような目標や計画を立てていますか?

   今はまだ私が動かないとお店が回らないので、自分がもっと自由に動けるように、店を任せられる人を作りたいなと思っています。私でないとわからない状態ではなく、何でも相談できる片腕のような人がいたら安心ですし、もっと色んなことができると思います。

   もう一つ、15年前から「とれび庵便り」というお便りを作っています。「とれび庵便り」では、お店のお料理のご案内やお客様から聞いた話、お客様の四畳半エピソードの掲載などを手書きで書いています。これは学級新聞をガリ版でカリカリ作る感じです。それを作成したら近隣の方たちには自分でポストに入れに行っています。あるお客様からは、「この『とれび庵便り』がボディブローのように効いているよ。来なかったらきっと忘れているだろうなと言われて驚きました。今も毎月作成しており、再来年の25周年記念の時に、1冊の本としてまとめられたら嬉しいなと思っています。

自分の考えを自分の言葉で伝える

Q   「とれび庵便りを本にまとめる」に対して、現在どのような活動指針を持って、どのような基本活動をしていますか?

   お店を継続するには営業が大切です。まずはこのお店の雰囲気を知ってもらうこと。ですからいつも自分から声をかけるようにして、私がどんな人かを知ってもらうようにしています。もちろんお客様の様子を伺いながら距離感を気にかけていますが、一緒に楽しく飲んでお話します。結構飲んべえです。だからお客様から「随分ずっこけているね」と言われています。

   お店のスタッフには、私がどんな考えを持っているのかを自分の言葉で伝えるようにしています。お店の料理は、板前さんが季節に合わせて多様な創作料理を考えてくれて、それを楽しみにして来られるお客様もたくさんいらっしゃいます。料理は板前さんの専門分野なので、基本的に任せていますが、方針はしっかり伝えるようにしています。すごく腕よりです。

おもしろおかしくやる

Q   「いつまでも好奇心いっぱいで面白いものを見つけるの得意!」を持ったきっかけは何ですか?そこにはどのような発見や出会いがあったのですか?

   15年前、夫が癌であと半年だと余命宣告を受けました。二人でやっていたものをたった一人でどうしたら良いのだろうと目の前が真っ暗になり、無理だからお店を畳もうと思いました。けれど夫は「やれ」の一点張り。そして「おもしろおかしくやれば良い」と夫が言った時、それなら私にもできるかもしれないと思ったのです。肩の力が抜けました。

   本当に半年で夫が逝ってしまい、一人でお店を始める時、今まではお店で流す曲はインストラメンタルだったけれど、私の好きなジャズボーカルで女性の歌声を店中に響かせました。それと、店が湿っぽくなるといけないので、笑い声を大きくしました。そうすると不思議!活力が湧いてくるのです。

   それでも落ち込んでいる時に友人に「そんな風にくすんでばかりいたら、どうしようもないぞ。色んな人に会って、色んなものを観て、色んなものを聞いて、そして感動する生活をしないとダメだ!」と言われたのです。動き出したのはそれからです!!本当に人に会うことを主体にしました。それから色んなことが広がりました。不思議ですねえ。やっぱり人間が大事ですね。

   もちろん大変なこともたくさんあり、素人で分からないことだらけでしたから、セミナーに通いまくりました。困ったことがある時は色んな人に相談したりして、何とか突破口を見出そうとしてきました。そんな中でもおもしろおかしくということが救いであり、自分を取り戻せた気がしました。

好きなことができない人生

Q 「おもしろおかしくやる」という発見や出会いの背景には、何があったのですか?

   子どもの頃は、人前だとしどろもどろになってしまう子でした。当てられて何か言おうとしたら絶句してしまって、自分の言いたいことを言えなかったのです。世間とうまく折り合えなくて、自分に自信がなかったせいかもしれません。役者になったのも芸能が好きだったからですが、もっと気持ちよく話して表現できるようになりたいと思ったことも理由の一つでした。

   私はテント芝居が好きでアングラ劇団にいたのですが、役者仲間からも劣等感が強いとよく言われたものです。又、当時は演劇だけでは生活が厳しく、水商売もいっぱいしましたが、私はそこでも全然お客様と話せなくて一週間でクビになったこともあるくらいです。

   役者もやめて、結婚してからは夫が板前だったので、当然お店を構えるようになりました。頑固で陽気な夫と私が揃うとコントのような楽しさもありましたが、好みは全然違っていて、私が好きなことはなかなかできませんでした。夫は私を品のある優等生のような女将にしたかったようですが、キャラが違いますよ。ははは(笑)。結婚生活、こんなはずじゃないと思っていましたが、日々の忙しさの中でその心も挫けてしまい、ひたすら我慢でした。

   そんな中で夫が癌で余命宣告を受け、亡くなった後、家族は店を辞めて実家に帰って来いと言ってきましたが、この歳で私に何の資格があるわけでもありません。帰っても何もない自分。辞めることもできないけれど、たった一人で店を続けることもできません。ですから夫の「おもしろおかしくやれば良い」という言葉が本当に救いでした。

   15年間、必死でした。その中でも好きなことをやろうとイベントは欠かさずやりましたし、「とれび庵便り」も書き続けましたが、それができたのもたくさんの人達がアドバイスを下さり、支えてくださったおかげです。たくさんあるお店の中で、「うまか遊び庵」を選択して来てくださっていることは本当にありがたいことです。今ではお店を残してくれたことを夫に本当に感謝しています。これからも日々の仕事の中に、好きなことを取り入れて楽しくしながら、皆様に長く愛される「うまか遊び庵」でありたいです。

読者への一言メッセージをお願いします

 素っ頓狂な女将ですが、料理の味は一流です。コツコツやり続けていきますので、末永くよろしくお願いいたします。

記者 今ある現状から最大限の楽しさを作り出して、おもしろおかしくしている女将さんだからこそ、多くの人たちが「うまか遊び庵」に行きたくなるのだと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございます。

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森さんの詳細情報はこちら↓↓

博多うまか遊び庵

【編集後記】
今回インタビューを担当した小水と高村です。
まだまだ女性が好きなように活躍するのが難しく、選択肢が少ない時代の中、自らやりたいことをおもしろおかしくして困難を突破して来られた森さんの姿はまさしく「美しい時代を創る人達」だと思いました。だから「うまか遊び庵」は、激しい時代変動の中で、我慢して耐え続けてきた多くの人達の共感を生み、心の癒しになってきたのではないでしょうか。新しいおもしろさをどんどん取り入れていくことで、広く末永く愛されるお店になると思いました。
森さんの今後の益々のご活躍を応援しています!

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