「人生はスリル満点!」脳神経科学研究者 東京大学名誉教授 川戸佳さん

東京大学名誉教授であり現在は帝京大学、順天堂大学にて脳神経科学の研究をされている川戸佳さんにお話を伺いました。

 

川戸佳さんプロフィール
出身地:三重県
活動地域:東京都
経歴:京都大学卒業後東京大学大学院にて脳生物物理学を専攻。スイスの大学(チューリッヒ工科大学)助手を経て東京大学教授に。2015年3月東京大学定年退職。 同年より順天堂大学・帝京大学に在職。
現在の職業及び活動:順天堂大学大学院 医学研究科 泌尿器外科学 客員教授、帝京大学 薬学部 認知神経科学寄付講座 特任教授。抗加齢医学、脳科学、記憶学習、神経ステロイド、海馬の男性ホルモンと女性ホルモン、(臨床研究)加齢によるヒトの空間認知機能の劣化と回復を研究。
座右の銘:人生はスリル満点!

 

記者 本日は、よろしくお願いします。
川戸佳さん(以下、川戸) よろしくお願いします。

 

脳の記憶中枢が合成する男性ホルモン女性ホルモンの脳での働きを解明したい

 

Q:これまで長年に渡って認知神経科学の研究を続けてこられました。過去から未来へ続く夢やビジョンの現在地をお聞かせください。

川戸 今までの大当たりした研究成果をまとめて論文を出し講演をしていきたいです。神経伝達物質は、みんな脳で作られるものです。ところが従来は、男性ホルモンは精巣、女性ホルモンは卵巣で作られていると言われてきました。これでは、脳が体に支配されている状態となるためそんなことはあるまいと思い研究し、男性ホルモン・女性ホルモンも脳の記憶中枢である海馬で作られていることを証明しました。「性ホルモンは脳では合成されない」という、これまでの定説を覆す成果となりました。

老化によって体だけでなく記憶中枢の海馬でも性ホルモンが減少することで、認知症やアルツハイマー症が引き起こされて、その治療法として性ホルモンの補充療法が効果があります。我々の発見は、記憶力の低下の仕組みやその改善の研究、認知症の治療などにつながる新しい希望となることがわかりました。

現在は動物実験に加えてヒトの臨床研究も進めています。伝統的に、男性ホルモンは泌尿器科(男性科)が、女性ホルモンは婦人科が扱っているのですが、お医者さんは体での働きに注目しており、脳の記憶に対する働きはあまりわかっていないので、その弱点を解消すべく研究をしています。

デジタル画像を見る共焦点顕微鏡で実験する様子

Q:その夢やビジョンを具現化するために、どのような目標や計画を進められていますか?

川戸 東大時代は国家プロジェクトを行い、現在は産学連携のプロジェクトを構成して研究を進めています。いずれも申請して採択されるものですが、資金集めはいつも大変難しいですね。優秀な研究員集めも難しく、場所の確保も難しい。でもこれも教授の仕事なんですよ。

学術の世界では定説をひっくり返すことが自分の名前を歴史に残す方法ですが、そのためには最初に見つけないといけない、見つけてもまず信用されない、実験ミスをする人も実際には非常に多いから本当なのかを証明しないといけない。それがしんどいところです。

 

長年にわたり脳神経科学を研究

 

Q:その目標や計画に対して、現在に至る活動内容を教えてください。

川戸 東大では、大学院 総合文化研究科 広域科学専攻と大学院 理学系研究科 物理学専攻で教授を担当し、大きな研究室を運営して、多くの大学院生や博士研究員と共に、脳神経科学の研究を続けてきました。

東大の退官以降は、順天堂大学医学部泌尿器科や帝京大学薬学部で研究しています。東大時代の弟子とネットワークを組んでいることも力になっていますね。国際的に脳と記憶の分野は注目度が高く、研究者が多く、国際的な競争も交流も活発です。

ヒトの認知機能を診察する様子

 

人生をかけて挑戦したかった

 

Q:夢を持ったきっかけは何ですか?そこにはどのような発見や出会いがありましたか?

川戸 脳科学は20世紀、21世紀でもっとも難しい未開の分野だったので、人生をかけて挑戦したかったからです。

1990年頃までは脳では解剖学的な手法がメインだったのですが、私は脳の生きた信号が見たかったんです。また、当時大型コンピュータの計算能力はヒトより高いけれど、コンピュータには弱点がたくさんあって、昔は画像処理などは苦手でした。コンピュータと違ってヒトはなぜ感情に依存する記憶が得意なのか?ヒトは論理的考察は苦手なのに。これらを解き明かしたかったんです。ヒトの脳は感情型コンピュータなんですよ。

 

Q:その発見や出会いの背景には、何があったのですか?

川戸 大学時代は物理学科にいたのですが、研究をするなら自分に向いているのは、純粋な物理学よりも未開の事柄が多い学際領域だと思いました。生物物理学は物理学と化学や生物学との境界で、わかっていないことが多かったんです。一方、産業界に出るのもいいとは考えたんですが、産業界で人と競争するよりも、もっと難しい自然の謎に挑戦したかった。

でも小学校の頃には海軍に入って航空母艦に乗って飛行機のパイロットになりたかったんですよ。あの頃読んだ漫画の影響です、漫画家自身の戦争体験から画いたものが多かったんです。沢山読んだ英雄伝などの影響で歴史学者になりたい思いもありましたね。

 

Q:最後に、読者の方へメッセージをお願いいたします。

川戸 最近の座右の銘は「人生はスリル満点!」です。

大学院を出て、助手としてスイスのチューリッヒ工科大(東大・京大よりずっと有名)に着任して、僕はうれしかったのですが、第一日目にスイス人の大学院生に言われました、「Dr. Kawato, 地球の裏側からよくいらっしゃいました。でも、あなたが来たので、スイス人の職が1つ無くなったんですけど…」。ガーン!これは早く業績を挙げて院生達に僕が上司だと認めさせないと国外退去になるのか!? 

教授になると、研究だけして済むわけでもなく、大学院の運営がのしかかり、予算の獲得も人事もあり、喧嘩もうまくないと生きて行けません。中小企業の社長業と変わらない一面も。正教授を退職すると産学連携研究に助けてもらうことが重要で、ますます中小企業に近く、成功と失敗は運によることも多く、スリル満点です。

(おまけ)生まれる前の脳に男性ホルモンまたは女性ホルモンを注入すると、オス脳になるか?メス脳になるか?ということを考えたことはありますか?歴史的に有名な出来事ですが、精巣を取って生きた男性達(教皇も高級官僚もいる)の脳と人生はどうなったかを考えたことはありますか?絶対零度より下の温度はあると思いますか?学問的に見ると地球は温暖化ではなく寒冷化に向かっているのではないか? などなど、研究者にはこういった突飛で不思議なことを考える能力が重要ですが、それには教育と脳の鍛練が必要です。「ボーっと生きてんじゃないよ!」(笑)

記者 本日はどうもありがとうございました!

 

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川戸佳さんに関する情報はこちら

http://kawato-glia.sakura.ne.jp/index-j.html

【編集後記】

長い年月をかけて一歩一歩証明していく研究の道は険しい局面も多いと思いますが、未知の領域を解き明かしたいという川戸先生の情熱をうかがうことができました。またさまざまな脳機能に関するお話も大変興味深かったです。今後のますますのご活躍を祈念いたします。貴重なお話をどうもありがとうございました!

 

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