異質なもの同士を繋ぐ遊びの達人 ”株式会社カムラック代表取締役 賀村研さん”

東京のIT企業時代に残した結果が福岡では通用しなかった大きな挫折。これが大きな人生の転機となりました。そのときの経験を活かし、今では全てを遊び感覚で仕事にしている「賀村研さん」からお話を伺いました。

賀村 研さんプロフィール
出身地:愛媛県
活動地域:福岡県、東京都など
経歴:上場ゼネコン企業、東京のソフトウェア開発メーカーを経て、福岡で2013年10月に独立起業。株式会社カムラックを設立し、ITを活用した仕事を創造し、障がい者の雇用増大と自立の支援に努める。
現在の職業および活動:株式会社カムラック代表取締役、株式会社スーパーカムラック代表取締役、株式会社 else if 取締役会長
座右の銘:「腐っても鯛」

「地域で活躍できる場所づくりと雇用創出」

Q1.賀村さんが思い描く、これからの夢・ビジョンを教えてください。

賀村研さん(以下、賀村):夢は「いろいろな人が地域で活躍できる場所づくりをすること、そしてそれによって新たな雇用を生み出していくこと。」です。

今住んでいる場所で、多くの方々が働いて納税者になり、経済を回して元気になっていくことですね。それによって子供たちが生き生きと過ごす街づくりに貢献することができます。

例えば、子供が学校へ行った朝10時から昼3時までであれば働きたいお母さんがいたとしても、そのような募集をしている企業が無くて働けない方がたくさんいらっしゃいます。働きたいけれど、環境が整っていないのです。

記者:なるほど!働きたいけれど、働けない人たちのために新たな仕事を生み出すわけですね。

「365日、毎日が仕事であり、毎日が遊び」

Q2.賀村さんがお持ちの夢を実現するために、どんな目標や計画を立てて、どんな活動をしていますか?

賀村:先々のことよりも「今」を楽しむことを大事にしています。”365日が遊びであり、365日が仕事”です。

”私の夢”と言っても、主人公は私ではなく、一緒に働く仲間(社員)たちです。

いろいろな企業を訪問しますが、基本的にはカムラックのことを語り、社員の自慢しかしません。そうすると、私が関与しないところで勝手にカムラックの話をしてくれて、営業しなくても勝手に仕事の依頼が来るようになります。

私にとっての遊びとは、何にでも興味を持ち、いろいろなモノや人同士をくっつけることです。商品Aと商品Bをくっつけたら、新しい購買層が生まれ、新しい仕事が生まれます。人のために動くと仕事も勝手に生まれてくるのです。

具体的には「めんツナかんかん」のコラボがあります。明太子を食べる人とLinQ(アイドル)のファンは別ですが、その2つをコラボすることで、LinQのファンも買ってくれるし、明太子が好きな人も買ってくれます。買ってくれた人が新たにLinQのことを知ってもらえます。さらに、私たちの仕事で言えば、めんツナかんかんのラベルをデザインする仕事が生まれます。

昔からある仕事の単価がいきなり2倍、3倍になることはありません。だからこそ、常に新しいことにチャレンジします。ITの仕事をするのも、最先端のことができるからこそです。新しいことには健常者もなかなかチャレンジしません。そのような中、障害者たちが最先端のことにチャレンジすることでどんどん自信に繋がります。彼らの変化を見るのが最大の喜びで、とても自慢したくなります。

記者:全く異なるもの同士を組み合わせることで、新たなるものを生み出す、その発想力が素晴らしいですね!

「天狗になっていたことに気づく」

Q3.賀村さんが「地域で活躍できる場所づくりと雇用創出」という夢を持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見があったのですか?

賀村:元々、何かと何かを組み合わせるのが得意なわけではありませんでした。東京から福岡へIターンしてきて仕事をしていて、自分自身が天狗になっていたと気づいたのが大きなきっかけでした。

東京のIT企業ではバリバリ仕事をしてきました。当時、私の成果をお金でしか評価できず、その中で割と結果は出したのでしょう。収入も1000万円を超えていましたし、「自分が会社を回しているんだ!」と天狗になっていたのです。

いざ福岡に来て「自分は仕事ができるから大丈夫。」と思っていたら、実は会社組織があって、いろいろな人のバックアップがあったからこそ結果を出せていたと気づいたのです。みんながパスを繋いでくれて、契約というシュートを決めていたのが私だったに過ぎなかったのです。

東京から福岡に来てはみたものの、私が活躍できる場所がありませんでした。

福岡と東京は仕事のやり方が違います。福岡には本社がある企業が少なく、多くは東京に本社があります。決裁権を持っているところも東京が多く、福岡は少ないです。ですから、どこの会社に発注するかのルートが決まっているのです。

東京では個の実力で決裁権のある人にアプローチすれば何とかなりました。しかし、福岡では”個の実力”ではなく、”個の人脈”がないと無理でした。

記者:素直に自分の弱さを認められるのがすごいですね!

「孤独な自分を認識」

Q4.「自分が天狗になっていたと気づいた。」その背景には、何があったのですか?

賀村:みんなと一緒に、目立つ自分になりたいと思う反面、実は目立たない孤独な存在なんだということに気づいたからです。

東京から福岡に来た時初めて、私は孤独だったことに気づきました。福岡で仕事をする上では、個の人脈が無ければ難しく、とても苦労しました。そのとき多くの人たちと出会っていく中で、紹介をもらえたことがありがたかったです。

振り返ってみて、私と誰かをマッチングをしてくれた人たちがいてくれたらもっと楽になったでしょうから、私もそのような役割を担いたくて、人と人とをマッチングするようになりました。

記者:なるほど!その出会いがキッカケとなって、今の夢にも繋がっているわけですね。

ところで、以前同じグループ会社でもある、株式会社else if代表取締役の高森さんのお話を伺ったとき、賀村さんから「気持ち的には明治維新だ!」というお話がありました。そこのところをもう一度お聞きしたいです。

賀村:松下村塾で学んだ数十人の中で、意志のある、わずか5、6人が日本を動かしました。それであれば、私たち中小企業でも十分、変化を創ることができます!「障害者たちの30年後、50年後、100年後を創るロマンは無いのか!」と声を大にして叫びたいです。

記者:感動です!現代のサムライに出会えた気持ちです!

最後に、読んでいる方へのメッセージをお願いします。

賀村:カムラックで働いている障害者たちを、主役として活躍させてくれる人たちを募集しています!

記者:以上でインタビューは終了です。

いろいろな人が地域で活躍できる場所づくりをし、新たな雇用を生み出していく、という夢の背景には、誰とでも楽しく遊びたいという賀村さんの想いがあったのですね。

本日は貴重なお話、ありがとうございました!

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賀村さんの活動、連絡についてはこちらから↓↓

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賀村 研さんのアカウント

HP:

株式会社カムラック

【編集後記】

インタビューの記者を担当した吉田&岩渕&木村です。

孤独な自分も、誰とでも楽しく遊びたい自分も、どちらにもなれる自己を認識できたからこそ、「今ココ」を100%遊び感覚で楽しめている賀村さんなのだと思いました。

今後の更なるご活躍を楽しみにしています。

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