子供が夢にチャレンジできる街をつくりたい HADAGAKU 代表 森田 鉄平さん

子供が夢にチャレンジできる街をつくるために、教員をやりながらも地域の様々なプロたちと協力し合いながら、子供たちが興味を持てる選択肢を増やし、それを叶える力をつけることができる仕組みを地域でつくろうとしている、森田 鉄平さんにお話を伺いました。

【プロフィール】
出身地: 京都府京都市
活動地域:神奈川県秦野市、伊勢原市
経歴:中学3年時に、秦野市に移住。大学では法学部政治学科で日本政治・政策を専攻。国内外における様々な分野での現状分析、政策立案について学ぶ。卒業後は、中学校教員として生徒の人生を豊かにする学びの環境を学校内外に渡り構築。2019年より、経営大学院への進学と現在の活動に力を注ぐようになる。
現在の職業および活動:
《職業》
公立中学校教員
《活動》
「教育の力で街をもっと面白く」する活動を行なっている。HADAGAKU.代表
座右の銘:ココロオドル方へ

「心が躍るほうに歩みを進めること」

Q.どのような夢やビジョンをお持ちですか?

森田 鉄平さん(以下、森田 敬称略):子供が夢にチャレンジできる街をつくりたいと思っています。子供が目を輝かせて夢を語れない社会がいい社会なはずがありません。夢を語れる社会にしていきたいですし、子供が自信を持って「こんなことやりたい」、「こんな職業に就きたい」と明確に夢を語れる軸を育ててあげたいです。
 そのためには、2つのアプローチが必要です。1つ目は子供自身が夢を見つけて、叶える力をつけること。2つ目は夢が応援される仕組みを街につくることです。そのために今私が取り組んでいることは、KANPAIという懇親会を開いて、地域の様々なプロが集まる場を開催しています。地域のプロが集まり、交流することで、夢に向かって動いていける環境が作られていくと思っています。
 1つ目のアプローチとして、地域のプロと協力して、子供たちに夢を叶える力をつけてあげたいと思って立ち上げたのがHADAGAKUです。地域のプロには色々な人がいます。そのプロの方にスキルを提供して貰い、それを子供にわかりやすくカスタマイズして教える。そうすることで、「もっとやってみたいな」「もっと知ってみたいな」と興味の持てる選択肢を増やしてあげたいです。夢を持つ必要性を言う大人はいますが、叶え方を教えてくれる大人はあまりいません。なので、夢を叶えるための学びをつくっていきたいと思っています。
 そして2つ目のアプローチとして、地域の子供や大人が夢に向かってチャレンジをした時に、地域の様々なプロの力により応援し合える環境も作りたいと思っています。私が夢にチャレンジしようとした時に、実現しにくい社会であることを感じました。今の社会で、夢は「仕事や人生をかけてやるもの」と思われている気がしています。夢へのハードルがとても高い社会だと思います。しかし果たして、夢を叶えることはそんなに難しいものでないといけないのでしょうか。それがワクワクする社会と言えるのでしょうか。そんな疑問を感じています。私は、地域で夢を叶えるハードルを下げて、チャレンジしやすい街にしていきたいのです。地域の人の夢が叶っていくことで、街にチャレンジする人が増え、おもしろいことが起こり続ける街になっていくと考えています。プロのスキルを持つ地域の人たちが、互いに応援し合える環境を作ることで、夢を叶えやすい街をつくる。それが私がつくっていきたい街のカタチです。地元の子供を地元の大人が育て、地元民の夢を地元民の力で叶える。街の課題を市民が解決し、人が移り住みたくなるような活気に溢れた、そんなブランドとして認知される街をつくっていきたい。想像するだけでワクワクしてしまいます。

記者:子供と地域への思いの強さを感じましたし、森田さんのワクワク感がすごく伝わってきました。

Q.その夢やビジョンを叶えるために、現在どのような活動指針を持って、どのような(基本)活動をしていますか?

森田私自身が心が躍るほうに歩みを進めることにしています。子供たちにも「やってみたい!」の気持ちだけで、無理だと思わず行動できるようにしてあげたいし、それを実現できる力を身につけさせてあげたいと思っています。現状の学校や塾の学びだけでは、めまぐるしく変化する社会に対応できる力は身につかないと考えています。これから一層必要とされる、今この世の中に無いものを生み出す創造性と、それを形にしていく変革の力。どんな世になろうと選択肢を多く持ち、どんな環境をも乗り越えていける、人生にワクワクできる、そんな学びの場を創る活動をしています。

記者:森田さんが創ろうとしている学びの場の必要性をすごく感じました。なぜこの在り方やこの場を創りたいと思ったのか、その背景が気になりました。

Q.「子供が夢にチャレンジできる街をつくりたい」と思う様になったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?

森田昨年、ある出来事をきっかけに教員を辞めようと思いました。命をかけて子供たちに向き合ってきて、取り組んできた仕事で、私は絶対に心は折れないと思っていましたが、折られることもあることを知りました。教員を辞めようと思った時はとにかく辛くて、翼を取られる思いでした。教員を辞めて何ができるのだろう思い、転職やビジネスをやることも考えましたが、教員一本でやってきた私には、家族を養いながら、違う世界に飛び込むための力と自信がありませんでした。その悔しさに歯がゆい思いをしました。そして、改めて自分がしたいことを考えた時に、やはり「教育に携わりたい。そして、地域の発展に貢献できる存在になりたい!」と思うようになったのです。私のように選択肢が少なかったことで、苦しい思いを子供たちにはして欲しくない。どんな厳しい状況でも、ワクワクして生き抜いて欲しい」と思いました。そのために、いくつもの選択肢があり、それを活用できる力をつけて欲しいと思ったのです。子供たちがそうなれる様に、まずは私が夢を叶え続ける背中を見てもらい、希望を持って欲しいと思いました。何かをやりながらでも、やりたいことは叶えることができることを証明していきたいですし、それを証明していくことで、将来は子供たちだけでなく、教員にも希望を持って貰い、教員の未来も変えていきたいと思っています。

記者:本気で向き合ってきたからこそ、感じる絶望。その悔しい経験があったからこそ、今の森田さんの素敵な夢に繋がっていることが理解出来ました。

Q.「教員になろう」と思った背景には、何があったのですか?

森田私は高校を卒業する時に、人の役に立てる仕事に就きたいと考えていたため、漠然と公務員になりたいと考えていました。 しかし、大学2年生の時に、ガンになってしまったことをきっかけに、将来就きたい仕事を見つけることができました。治療はとにかく辛くて、生きることを諦めそうになった時もありました。そんな時、母が「神様は乗り越えられない人間に試練は与えない」と言葉をかけてくれたのです。その一言がすごく心に刺さり、「どうせダメなら、もう一度ガンと闘ってやろう」と思い、乗り越えることができました。人間はいつ死ぬかも分からないということを実感し、「いつ死んでも人の心に生き続けられる職業に就きたい」と思い、選んだのが教員だったのです。死ぬ覚悟もした上で選んだ職業だったので、仕事に就いてからは、命をかけて子供たちに向き合い、仕事をしてきました。

記者:森田さんのこれほどまでに熱い情熱の理由が、この背景を聞いて納得できました。

Q.読者の方に向けて一言お願いします。

森田迷ったときにこそ、心がワクワクする方に歩みを進めて欲しいです。ココロオドル人生を、自分のためにも、誰かのためにも。

記者:死に直面したからこそ、心を大切にされていること。「子供が夢にチャレンジできる街をつくりたい」という素敵な夢にもご自身が感じた深い涙があったことにすごく感動しました。貴重なお話ありがとうございました。

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森田さんの活動、連絡については、こちらから↓↓

HP:https://www.wecreateeduture.com/

KANPAI:

Facebook:https://www.facebook.com/tetu.0327

【編集後記】
インタビューの記者を担当した不知と山口です。
熱い情熱がとても印象的な森田さん。その背景や思いを聞いた時に、多くの地域の方や子供たちに知って貰いたいと思いました。森田さんのますますのご活躍を楽しみにしております。

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