生物多様性の観点から日本のロードマップをつくる 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター室長 五箇公一さん
世界に猛威をふるう新型コロナウイルス、そして地球環境の変化など、様々な変化が起こっている2020年。これからの人間はどうするのか?生物多様性の観点から今の現状を紐解いている五箇公一さんにお話を伺いました。
プロフィール
出身地:富山
活動地域:東京
経歴:1990 年、京都大学大学院修士課程修了。同年宇部興産株式会社入社。1996 年、博士号取得。 同年 12 月から国立環境研究所に転じ、 現在は生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学、ダニ学。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』(集英社)、『終わりなき侵略者との闘い~増え続ける外来生物』(小学館)、『これからの時代を生き抜くための生物学入門』(辰巳出版)など。国や自治体の政策にかかる多数の委員会および大学の非常勤講師を勤めるとともに、テレビや新聞などマスコミを通じて環境科学の普及に力を入れている。NHKクローズアップ現代で解説を務める一方で、フジテレビ「全力!脱力タイムズ」にレギュラー出演するなどバラエティ番組を活用して、環境科学に対する無関心層の引き込みを図っている。
現在の職業および活動:国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター室長
座右の銘:『有言実行』
「自然共生社会の道筋をつくる」
Q どのような夢やビジョンをお持ちですか?
五箇公一さん(以下、五箇 敬称略) 今までやってきた研究で一段階、目標は達成しています。次からは研究の結果・成果から人間社会、日本社会がより良くなるロードマップづくりに関わりたいと考えています。
今までの研究結果からも新型コロナウイルスについて読み取れるものがあります。菌やウイルスは本来の住処にいれば大人しくしていますが、それが何かしら環境の変化、特に人間活動による生息域への破壊・侵食がきっかけとなってスピルオーバー(噴出)が起こり、人間社会で爆発的に増えるのです。
コロナウイルスも元々はおそらくコウモリなどの野生動物が保有するウイルスでしたが、野生動物が住処としているジャングルや自然界に人間が入り込み、パンデミック が起こったと考えられています。
なぜパンデミック が起こったのか?次の人間はどうあるべきなのか?を生態系や生物多様性の観点から見ると、次に人間がとるべき行動も見えてきます。
まず人間は、これ以上の自然破壊をやめ、自然共生社会に向かっていかないといけないこともわかってきます。今はそれを多くの方にわかりやすく伝えることを
目標とし、ポストコロナの社会へのロードマップをつくっていきたいと考えています。
Q それを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?
五箇 私が今までやってきたリスク対策研究はこれからも必要とされ続けるテーマなので、私の後進を育成することが現時点での重要な課題となっています。
研究生活を退いた後には、地元の北陸で地域活性に役立つような事業ができないだろうとかと考えています。今はコロナウイルスの影響もありオンラインがどんどん導入されているなかで、多くの人が東京一極集中の必要性がないことが次第に世の中にも浸透しつつあり、同時に、今回のような新型ウイルスや自然災害が襲来した際には、リスク分散の必要性が浮き彫りになりました。
そんな時代だからこそ、地方再生や地域の活性化がこれからの日本社会には求められており、それを自身の生活でも実践したいですね。
今、妄想しているのは、北陸のどこかの街で、怪獣や特撮モノのフィギュア・コレクションを展示して、飲み物でも楽しみながら、フィギュア・マニア談義ができるような空間を提供できないだろうかというプランです。何より、自分が毎日フィギュアを眺めていられるのが幸せ(笑)
Q その目標や計画に対して、現在どのような活動指針を持って、どのような活動をしていますか?
五箇 基本は今までの研究成果から自然共生社会への道筋をつくるための活動をしています。研究、論文、後進の育成が主な活動内容ですね。
講演依頼も多数いただくので、講演を通してアウトリーチ活動をしており、その中で大事にしていることはサービス精神を忘れないことですね。
話す時には、あまりウイルスや生物学など知識がない方にもわかりやすく説明するようにグラフィック映像を豊富に活用して、視覚的な理解に工夫をしています。多くの方から説明のわかりやすさについてご好評をいただき、昨年はたくさん講演会をする機会をいただきました。
趣味と実益を兼ねて描いている生物のコンピュータ・グラフィック映像ではクワガタナカセというクワガタの背中に寄生するダニのCGがいちばんのお気に入りで、2010年に天皇陛下・皇后陛下(現在の上皇陛下・上皇后陛下)が研究所にご行幸啓された際に、研究の説明対応を拝命し、両陛下にこのダニCGを献上させて頂いたことが生涯最大の誇りなっています。
Q そもそも、その夢やビジョンを持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?
五箇 大学卒業後すぐ、殺虫剤を作る会社に入ったんですが、そこで農業生産がいかに大事かということを学びました。ただその反面自然が相手なので不確実性があまりにも大きい産業だということも学び、持続させるためには、いろんな地域で多くの人が携わっていかないと、食料を供給し続けられないと実感したんです。あとは子供が小さい時って父親の仕事は子供にとって将来像を見据えるうえで重要な意味を持っていて、生物学の研究者として子供に対して「世界に貢献する仕事をしてみせたい」という思いが強かったですね。
生物学者でいう成果物は論文です。私自身、そのポリシーで100本以上の学術論文を手がけてきました。
今の日本の研究分野は、海外と比較して論文の生産性が落ちているという指摘があり、これは日本の科学の発展のうえで大きな問題だと思われます。実は、ノーベル賞を取っている方々の殆どが、海外に留学して、大きな成果を得ているんです。その原因として、「出る杭はうつ」的な日本の研究環境もあって、優秀な人が伸びる土壌が整っていないこと、特に最近では、研究も役に立つ・立たないで優先順位が決められてしまうという近視眼的な成果主義が先行してしまっているため、海外でないと思い切り自由に研究できないからではないかと言われています。ある意味日本の優秀な頭脳や技術が海外に流出しているという、危機的状況を表しているとも言えます。
でも、国内にいても論文は書けます。書かない研究者の存在も論文の生産性低下に影響していると思います。研究成果の科学的担保とその情報共有のツールとして学術論文があります。だからこそ、少なくとも自分の研究テーマについては後世や後進にも成果発信の意義をしっかり伝えて、研究の持続的発展のための土壌を作っていきたいと思っています。
Q その学者の方々が論文を書かないことに問題意識を持った背景はどんな背景があるんですか?
五箇 私の家系は学者ではなく、サラリーマンや、商売やってる家系なので、「働かざるもの食うべからず」という考え方は幼少期から染み付いてます。父は当時高度経済成長真っ只中の、鉄鋼産業の大会社に勤めており、そうした生産業に関わる日本人の様々な努力と犠牲の上にいまの経済が成り立っていることを、父から学んだような気がします。
だからこそ研究の成果物である論文を書かないということは、研究資金に対する領収書を切っていないことと同じだと考えています。
Q それでは、最後に読者に向けて一言お願いします。
五箇 これからの日本社会の持続的発展のためには利他という精神と行動がすごく大事になると思っています。コロナウィルスは自分が感染して死ぬという恐怖だけでなく、人に感染させて相手の命を奪うというリスクがあります。だから、その予防対策には、どれだけ他人のことを思って行動できるか試されているんです。利他性とコミュニティを持っていることが、他の動物にはない人間の特異性であり、強みだったのですが、これだけ人間活動が肥大化して、様々な危機から解放されて、経済活動が優先される社会になると人間は自分一人でも生きていけると思い込むようになってしまい、利己的な精神が蔓延するようになってしまったように思います。
コロナウイルスはまさにそうした人間性の喪失という歪みに見事に適応して、人間社会に瞬時に広がってしまいました。
このコロナ渦から学ぶべきことは、利他的な人間らしさの大切さを改めて認識し、次の世代のことも考えられる社会を目指すようパラダイムを大きく変換することです。
グローバル経済に依存し、他国からの資源を消費することで短期的利益の最大化を目指す社会から、
自然と共生しながら持続的に発展できる社会へと価値観と生活スタイルを変容させることが、いま求められていると思います。
記者 なかなかその当たり前に人として大事なことを言う人がいないので、聞いててすごく気持ちいいです。五箇さん今日は本当に貴重なお話をありがとうございました
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五箇さんが所属する国立環境研究所の活動内容についてはこちらから↓↓
https://www.nies.go.jp/
【編集後記】
インタビューした喜多島、清水、口野です。
五箇先生は国の機関で研究に従事されながらも客観的なデータに基づき、将来的に必要なことであればたとえ現在の経済にとってマイナスな事柄もはっきりと主張され、発信されています。そのような方がいっらっしゃることに安心感を持てますし、そのような方こそが真に国の進化発展に貢献されているということをインタビューを通して感じることが出来ました。五箇先生の無限のバイタリティーで日本や世界の環境問題を牽引されていかれることを期待しますし応援しています。
今回は貴重なお話をありがとうございました。