『研究というのは,欲求をいかに満たしていくのかを探る行為』関西大学総合情報学部 教授 松下光範さん
インタラクションデザインを専門に教える関西大学総合情報学部の教授、松下光範さんにお話を伺いました。
プロフィール
出身地:兵庫県姫路市
活動地域:大阪を中心に全世界
経歴:1993 年大阪大学工学部精密工学科卒業。1995 年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻制御工学分野博士前期課程修了。同年 4 月、日本電信電話 (株) 入社、NTTコミュニケーション科学基礎研究所勤務を経て2008年8月より関西大学総合情報学部准教授、2010年4月同教授、現在に至る。博士 (工学) 。
現在の職業及び活動:関西大学総合情報学部教授。インタラクションデザイン、自然言語理解に関する研究に従事。人工知能学会、情報処理学会、電子情報通信学会、芸術科学会、ACM 各会員。
記者:先生が専門にされているインタラクションデザインについて教えてください。
松下光範さん(以下敬省略):インタラクションデザインというのは簡単に言いますと、使いやすいものを設計するための方法論を考える学問です。技術的には、例えば人工知能技術とかインタフェース技術を使ったりするんですけれども、そういう要素の技術をどう組み合わせたら人にとって使いやすいのか、あるいは楽しくなるのかというような視点で研究をやっています。インタラクションというのは相互作用、簡単に言うとやり取りのことです。人間がやり取りをするというのは、情報を受け渡していることに等しいわけで、このやり取りがスムーズに齟齬なく行えるようにすることが重要なんです。例えば、音がブツブツ切れる電話で話をしていたらなかなか伝わらないじゃないですか。でも音がクリアだとしっかり伝わるし、ましてやテレビ電話になると相手の表情が分かったりしてやり取りがしやすくなりますよね。つまり、伝えやすいメディア、間違いにくいメディアを作ることが、その人たちの間の情報のやり取りをよりクリアで適切なものにしてくれる、という考え方ですね。
記者:今のお仕事をされるようになったきっかけは何ですか?
松下:子供の頃に何になりたかったかというと、一番早くに意識したのは大工さんだったと思います。4歳くらいの時に、隣の家が家を建てていて、よく端切れみたいなのを拾ってきて真似事をしていました。ものを作る仕事がいいなぁと思ってて、小学生の頃は博士になりたいと思っていました。作ることや調べることが好きだったんだと思います。中学高校はロボットを作るクラブにいました。作ることが好きなのは、やっぱり本能じゃないですか?僕、多分それは、人間の本能だと思っているんですよ。世の中の物理現象は全てが崩れていく方向に、つまりエントロピーが増大していく方向にいきますよね。例えば、山なんかでも風雪にさらされることによってどんどん削られていくというのが普通ですよね。作ることはその逆方向のことだと思うんですよ。それは生き物にしかできないような行為かなと思います。 例えば、大工さんが家を作っている時は全く何もないところからどんどん作っていて、気が付いたら人が住めるものができちゃうんですよ。なんかそれ自体が感動じゃないですか?色んなものが一人ではできないようなものでも、みんなが力を合わせて、時間が経ったらいつの間にか出来てるって凄い好きですね。
僕らはガンダムの世代です。僕らの上の世代の人たちは、テレビアニメとかを見て、「将来、鉄腕アトムを作りたい」と言って人工知能研究をやってる人が結構います。同じように、僕らの世代だと、「ガンダムみたいなロボットが作りたい」って研究者になった人も少なくないんですよ 。
実は、もともと僕はロケットとかロボットに興味があって大学に来たんですけど、実際にインターンでロケットを作ってる会社でインターンさせてもらったんですよ。そしたら、2週間のインターンでやったのは、ずっとゴムを一生懸命手で引っ張って曲げて、その曲げた時のゴムの歪みを計測するっていうことだけだったんですよ。これはロケット本体と噴射ノズルをつなぐためのゴムなので重要な部品なんですよ。だけどロケット全体をやりたかったのに、実際仕事としてやっているのはゴムを曲げることだけで、あれ、僕、これはやりたかったことなのかな?ていう風に思ったんですね。たまたまそれが大学で研究室を選ぶ時期と重なったこともあって、制御の研究室を選んだんですよ。ロケット全体は無理でも、ロケットの頭脳の部分、つまり制御の部分は面白いんじゃないかな、という軽い気持ちでファジィ制御をやっている研究室に行って。結局ロケットとは全然関係なくなっちゃったんですけどね。
記者:今描いている未来のビジョンはありますか?
松下:機械が手足の延長になるような世界が僕は正しい世界だと思います。今、ウェアラブルコンピューターという研究が世の中では進んでいます。それはコンピューターが着るものになっていく。例えば、こうやったら (注:腕を抱え込んでこするジェスチャ) これは寒い合図だから、空調が自動的に暖かくなっていくとか、インタフェースの方がどんどん人間の行動に近づいていく。キーボードでカチャカチャ入力するような世界から変わっていく。あるいは、ユビキタスっていう言葉があるんですけども、環境そのものがコンピューターになって、常にその人を観察してその人が困っていることだったりとかその人がしたいことに合わせて環境側が手助けをしてくれる。そのようなことが、コンピューターサイエンスの世界では考えられているんですね。それは機械が全て代わりにやってくれて人間が楽をするという考え方ではなくて、むしろ人間が今まで一人だったら10しかできなかったものをコンピューターが支えてくれることによって20できるようになることではないかと思っています。一人一人ができることがもっともっと増えて、広がっていく、というのを狙っている社会かな。僕らは、すごいビジョンを狙って動いていると言うよりは、とにかく1歩ずつ着実に進めていくことの方が重要であり大きなことなんですよ。一歩ずつ進めないとたぶんどこかでガラガラと崩れたりするので今できることから確実にもうちょっと良くなるというのを積み重ねていって、結果的に、そこにたどり着けたらいいなという思いがあります。
記者:そのためにどんな活動指針をもってどんな活動をされていますか?
松下:研究は一人ではできないんですよ。だからいろんな研究者と一緒にやっていますね。なるべく学会に行って、その学会で議論をする。同じような目標や価値観を持っている研究者だけでなく、逆に完全に異なる思考を持っている研究者とも議論することによって、よりいろんな人に納得してもらえる客観的に正しい研究成果に繋げるように、あるいは研究ベクトルが作れるようにと活動しています。それと同時に学生さんをちゃんと育てるということが大事かなと。僕らの屍を越えてそれを一歩でも先に進めてくれる次の貢献者、次の研究者を育てていかないと、どんどん上には積み上げていけないわけですよ。
記者:AI時代に先生の仕事は奪われると思いますか?
松下:絶対に奪われないと思います。 AI は問題を解くことができるし、問題を見つけることもできるようになるかもしれない。でも AI が「~をしたい」と思うようになることはないと思うんですよ。もし、AIの側から何かがしたいって言い出した時には、もはや人工知能というよりは新しい知的生命体みたいな感じになるだろうと思います。例えば、どんなに幸せになっても不満を持ちませんか?それが人間の強さだと思います。コンピューターはもっとデータを分析したいとかって思わないんですよ。でも人間はそれを思える存在だし、それがある以上はコンピューターが人間のお手伝いしかできないと思う。人間が最もわがままちゃんなのね。
研究は「もっとこうなればいいのに」の連続なんですよ。「自分は快適になりたい、でも、地球環境は破壊したくない」というように、矛盾したいろんな欲求が人にはある。そんな矛盾した欲求を全部含めた上で良い方向にシフトさせていく、というのが一番根源にある欲求だと思っています。僕は研究というのは、その欲求をいかに満たしていくのか、を探る行為だと思います。自分のことを分かってほしいし尊重してほしい。でも、全員が一緒の方向を向いているのは窮屈で気持ち悪い、と感じる。だから、距離を保ったまま分かりあえるようになりたい。そういう個人のわがままが成り立った上でなおかつ社会がちゃんと成立するというのが僕自身が目指してることなのかもしれないですね。もっともっと住みやすいとか、もっともっと暮らしやすいとか、もっともっと生きやすい、それは自分一人じゃなくってみんなが思えるようになる、ということなんでしょうね 。
記者:ありがとうございました。
松下さんのご活躍は以下のHPからご覧になれます。
【編集後記】
インタビューを担当した田沢です。松下先生は研究することを通して、今が常に最先端であり続けることがすばらしいなと感じています。人間にしかできないこと、人間の無限の可能性について、より理解が深まりました。ありがとうございました。