多様性と対話を軸に、”人が育つ”科学館をつくる 福岡市科学館 館長 ”伊藤久徳さん”
科学だけに特化する科学館ではなく、”人が育つ”科学館をつくるべく尽力されている伊藤久徳(いとう ひさのり)さんにお話を伺いました。
伊藤久徳さんプロフィール
出身地:京都府
活動地域:福岡県
経歴:九州大学名誉教授。理学博士。専門は気象学。京都大学大学院理学研究科博士課程、和歌山大学教育学部助手・助教授、九州大学理学部教授を経て定年退職。 著書に『オゾンのゆくえ』(共著、クバプロ、2004年)、「気象学と海洋物理学で用いられるデータ解析法」(『気象研究ノート』221号、2010年)など。2017年から福岡市科学館館長を務める。
現在の職業及び活動:福岡市科学館 館長
”人が育つ”科学館をつくりたい
記者:伊藤久徳さん(以下、伊藤 敬称略)はどのような夢やビジョンをお持ちですか?
伊藤:”人が育つ”という、新しい科学館をつくることです。今までの科学館のように科学を全面に押し出すのではなく、人が育つ後押しとなることを大事にしたいです。
”人が育つ”ということは多面性を持ちます。例えば、親子で良い思い出をつくることも人が育つということですし、笑顔で物事に取り組むことも人が育つと言えるでしょう。
科学だけに特化せず、科学の周辺部分であるアートなどとも一緒に取り組みますし、おはなし会(本の読み聞かせ)も科学館の役割だと思っています。
福岡市科学館は、市の公共施設ですから、市民全員が楽しめる必要があります。科学を楽しむ施設であれば市民全員に来てもらえます。しかし、楽しむことだけに留まっていてもいけないので、より高度なことに関心がある人に向けた取り組みも同時に行っていきます。
いろいろなイベントの開催を通して、実際に”人が育つ”ということを追求していきたいです。
福岡市科学館の理念を浸透させていく
記者:「”人が育つ”科学館をつくる。」という夢を具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?
伊藤:他の多くの科学館は最初にしっかりと理念をつくってから計画を立てていきます。しかし、福岡市科学館は、事業主体である株式会社福岡サイエンス&クリエイティブと契約を締結してから、通常は5年くらいかけるところを1年半でオープンに至りました。
そのため、当面は理念と実際の中身の乖離を無くしていくようにしていきます。
スタッフの意見を取り入れ、自分の意見を押し付けない
記者:伊藤さんは現在どのような活動指針を持って活動していますか?
伊藤:自分の意見を押し付けず、スタッフの意見を聞き、取り入れることを大事にしています。
1人の人だけでいくら引っ張っていってもよくありません。色々なバックグラウンドの人が色々な観点で意見を出すことが科学館の広がりに繋がります。「意見が1つ出れば科学館は1つ良くなる。」といった標語を作ることで、意見を出してもらうようにしています。
また、1つのことだけでなく他に応用できる、生きた知識が必要です。大学教員時代に作った標語に「1を知って10に使う。」があります。1つのことを知って、色々なところに使える知識のつけ方をするということです。
学生に自ら考えさせる教育へのシフト
記者:そもそも「”人が育つ”科学館をつくる。」という夢を持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見があったのですか?
伊藤:京都大学博士課程を修了後、和歌山大学教育学部で主に学校の先生の養成教育に携わっていました。その後、1998年~2013年まで九州大学の理学部地球惑星科学科に在籍していました。当時の九大に対する印象は研究者を養成する大学というイメージでした。
九大に来てしばらくしてから「修士課程を終えて社会に出る学生に、研究者をつくる教育のやり方をしていても仕方ない。」と、それまでの教育の在り方を反省しました。社会に出た時に通用する人間力をつける教育が必要だと気づき、それからは学生に自ら考えさせるやり方に力を注ぐようになりました。
記者:以前、伊藤館長が登壇されたイベントでお話を伺った時、真実と嘘の世界についてコメントされていた点が印象に残りました。
伊藤:今の時代認識についても勉強してきました。昔、知識は先生から受け継ぐしかありませんでした。その次に、印刷技術によって多くの本が生まれたことで、近くに先生がいなくても本さえあれば知識を得られるようになりました。今はさらにその次の時代で、知識を得るのはほとんどインターネットになっています。
本が生まれる前からも大学はありましたが、本が普及してくると、大学に行かなくても知識を得られるため、大学の地位は一時的に落ちました。その後、研究機能や大学図書館をつくることで大学の地位は復活したのです。
今、インターネットの世界になったことで、本を買いに行かなくても知識を得られるようになりました。必然的に先生・大学・本の在り方も大きく変わってくるはずです。「次の時代はどうなるんだろう?」というのが私の問題意識です。インターネットは革命的なことですが、それまでの時代と決定的に違うのは、単純化して言うと真実の世界と嘘の世界が併存するようになったことです。
そのような時代に「教育はどうあるべきか?」が問われます。知識を与えるだけの教育はほぼ無効になります。自ら批判的にものごとを見ていかなければなりませんし、自ら正しい知識・真理を追究する力量を持たなければなりません。科学館も大きく変わる必要があります。
多様性と対話を大事に
記者:「学生自らが考える教育が必要」という発見の背景には、何があったのですか?
伊藤:多様性と対話を大事にしたいということです。
背景を共有しますと、大学教員時代、学生が研究発表する場がある時、発表が終わるとまず私が最初に意見を言っていました。すると、ほとんどの論点がそこで議論し尽くされてしまい、学生は言うことがなくなるのです。学生は他の場に行っても、他人の意見を聞くだけになってしまいます。重要なのは、発表を聞いて一人一人が
「何を感じたのか。」
「何を思ったのか。」
「何をコメントしようと思ったのか。」
を具体的に話すことです。そうすることで、発表者からもフィードバックが来て、議論する力も付きます。
私が最初に発言することで、力を付ける機会を奪ってしまっていたことに気づき、それからは一番最後に意見を言うようにしました。
意見が多様であれば、最初の考えだけに閉じこもらず広がりが出るので、対話を重要視しています。対話することで自分の考えが咀嚼され、違う考えに変わったり、「そうでない受け取り方をするんだな。」ということもわかります。
先生が教えるのではなく、学生同士の対話が中心になる必要があります。教えるのではなく、支援する立場だという認識を持っています。
嬉しかったこと
記者:福岡市科学館の館長をされている中で一番うれしかったことは何ですか?
伊藤:大阪から、お母さん、おばあさんと3人で来られた方のブログに「福岡市科学館に行ったとき神対応をされた!」という内容が書かれていました。
開館してから間もない、とても忙しかった時期のことです。受付の人の対応がとても素晴らしかったと書いてありました。ブログにはプラネタリウムの中身などについても書いてありましたが、一番長く書いてあったのは受付の人の対応についてでした。人への対応と対話がとても重要だと改めて認識して、ブログを読んだ時はとても嬉しかったです。
記者:多様性と対話を一貫して大事にされていることが伝わってきました。2つを大事にしてきたからこそ、大学の中の研究者としてだけでなく、大学の外に出たときに必要な人間力の重要性に気づかれたのですね。その気づきが”人が育つ”科学館をつくるという今の夢・ビジョンに繋がっていることがわかるお話でした。
伊藤さん、今日は本当にありがとうございました。
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伊藤久徳さんについての詳細情報についてはこちら
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Webサイト:福岡市科学館
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編集後記
今回インタビューの記者を担当した吉田&大野です。
終始和やかな雰囲気と、奥底にある熱情を感じるインタビューでした。笑いをまじえた話ができることが人気の秘密でもありそうです。”人が育つ”次世代型科学館にとても可能性を感じています。(吉田)
新しい事を積極的に取り入れる柔らかさがあり、とても話しやすい雰囲気の伊藤さん。ユーモアたっぷりにお話をしてくださいました。伊藤さんのご活躍で、これまでにない科学館の可能性が拓かれていくのがとても楽しみです!(大野)
今後の更なるご活躍を期待しています。