冒険心を大事に、エンターテインメントの価値がわかる社会をつくる 福岡eスポーツ協会 会長 “中島賢一さん”

誰もがエンターテインメントの価値がわかる社会づくりに取り組まれる、中島賢一さんにお話を伺いました。

eスポーツとは「エレクトロニック・スポーツ(electronic sports)」の略称で、複数人のプレイヤーで対戦するゲームのことを指します。アメリカでは既に国が「eスポーツ」を「スポーツ」として認めています。

中島賢一さんプロフィール
出身地:熊本県
活動地域:日本、世界
経歴:1995年に東京のIT企業に就職しソフトウェア開発・マーケティングなどに従事し、2004年に福岡県庁に民間企業経験者採用枠で入る。ITと産業を結びつける動きを盛んに行なう。2013年4月福岡市役所に移籍し、ゲーム、映像、インタラクティブアートの分野の産業振興のほか、スタートアップ支援などに力を注ぐ。2016年4月に福岡アジア都市研究所へ出向。2019年4月からNTT西日本へ移籍。
現在の職業及び活動:西日本電信株式会社(NTT西日本) ビジネスデザイン部 オープンイノベーション推進室 エンターテインメントプロデューサー、株式会社メタシンクス 執行役員 CCO、福岡eスポーツ協会 会長

誰もがエンターテインメントの価値がわかる社会

記者:中島さんはどのようなビジョンをお持ちですか?

中島:社会的なビジョンと個人的なビジョンがあります。社会的なビジョンは、誰もがエンターテインメントの価値がわかる社会にすることです。個人的なビジョンは、誰にも縛られずに自由に生きることです。

昔で言うと、貴族にとっての娯楽が俳句でしたし、小説も明治時代は浮ついた人が読むものだと言われていました。それが後々、文化になっていきました。つまり、娯楽が文化になるということです。

だからこそ、現代社会において中高年の人達に評判が悪いエンターテインメント、特にeスポーツを一般化させていきたいです。

個人的なビジョンとしては、誰にも縛られず好きに生きたいので、一番好きなエンターテインメントの世界を広げていっています。

福岡eスポーツ協会の立ち上げ

記者:「誰にも縛られずに自由に生き、誰もがエンターテインメントの価値がわかる社会にする。」というビジョンを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?

中島:eスポーツが一般化する時に向けて、アスリートを生み出していくことです。eスポーツが広がっていくと、いずれオリンピック選手や国体選手を選出するようになるので、その準備として福岡eスポーツ協会を立ち上げました。この協会からアスリートを生み出していきます。

2019年、国体のプログラムに初めてeスポーツが入り、その中で我々の協会はウィニングイレブンの運営に関わります。

<茨城国体>「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」ウイニングイレブン(ウイイレ) 都道府県代表決定戦

まずやる!

記者:「eスポーツが一般化するときに向けてアスリートを生み出していく。という目標に対して、現在どのような活動指針を持って活動をしていますか?

中島:「まずやること。」を活動の指針としています。

「まずやってみる。」という文化が、特に日本の大企業にはありません。日本の大企業が変わらないと世の中は良くなりませんので、私のような自由な働き方をする人たちが増えていってほしいです。

また、私は0から0.1をつくるタイプです。「これ面白いんじゃない?」という、ビジネスになる前段階のものを、企画書を立てるだけでは終わらせません。組織をつくり、イベントもやってみて、全部やってみた結果、「いける!」というところまでやります。

デジタルゲームとの出会い

記者:そもそも、「誰でもエンターテインメントの価値がわかる社会にする。」「誰にも縛られずに自由に生きる。」というビジョンを持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見があったのですか?

中島小さい頃、漫画を読んでその世界に憧れていたこともあり、デジタルゲームに出会って、純粋にすごいと思いました。ゲームでは自分がその世界の主人公になることができるからです。ゲームの中では誰もが平等だと思いました。

なれないものになれることが、エンターテインメントのすごさです。自分をゲームの中で演じることが娯楽であり、これがもっと世の中に浸透すればよいと思いました。人間は表面的なところだけでなく、それ以外の部分で評価されるべきです。ゲームも自己表現や自己投影のツールであり、ただ遊ぶツールではありません。

このゲームの例のように、子供の頃から1つのことをいろいろな角度からみるようにしていました。

IT企業から福岡県庁に転職して5年目のタイミングで、エンターテインメント系の産業振興を行うようになり、エンターテインメント系企業の人とたくさん会うようになりました。彼らは口を揃えて「行政は頭が固いな~。でもあんたは何か違いそうだ。」と言ってくれました。

行政の中だけで企画をしてもすぐ叩かれますが、外部の企業と一緒に考えたものを行政の中に展開すると受け入れてくれます。それで、県庁の外に味方をつくるようになりました。

県庁ではいくつかの革新的なプロジェクトに関わりました。その中の1つとして、当時の県知事から「日本人がつくったRubyというプログラミング言語を使って何かすごいことをやってほしい。」と言われ「世界的なRubyをつくる集団が集積する福岡」というブランディング戦略に着手しました。

オブジェクト指向スクリプト言語 Ruby

Rubyを使うことでスピーディーにWeb系のサービスをつくることができます。TwitterもRubyでつくられています。短い間隔でつくって直し、つくって直し、を繰り返すことで、小さな会社であってもスピーディーにサービスを開発できれば、大きな会社に対しても勝つことができます。

つくったものの1つとして、組み込み言語用のプログラミング言語「mRuby」があります。地方自治体にいる人間がプログラミング言語をつくることは前代未聞だったので「県庁の中島って奴はちょっとおかしいな。」と言われるようになりました。私にとっては福岡県という枠など関係なかったのです。

子供の頃の冒険心を大事に

記者:「デジタルゲームのすごさに気づく」発見の背景には、何があったのですか?

中島:子供の時から大事にしているのが「冒険心」です。例えば「あの丘の向こうにはすごい池があって、とてつもないブラックバスがいるらしいから、行ってみよう!」といったものです。

丘の向こうに行ってみて、その過程で発見するものがたくさんあるはずです。「この池は危ない。」や「途中に木苺が成っていた。」などですね。こういうことは実際に行ってみないと発見することはできません。

記者:中島さんにとってのエンターテインメントとは何ですか?

中島:笑顔になることであり、人とコミュニケーションを取ることです。元々のスポーツの語源は心の荷物を降ろすというリフレッシュ、楽しむことです。それが荘厳になったのがオリンピックですが、今は記録を目指しメダルを取るためのものになってしまっています。

記者:子供の頃からの冒険心を大事にし続けているからこそ、デジタルゲームとの出会いによって、自己表現・自己投影の最高ツールを手に入れられたわけですね。その出会いこそ、「誰もがエンターテインメントの価値がわかる社会をつくる。」というビジョンに繋がり、福岡eスポーツ協会の立ち上げに至ったのでしょう。

中島さん、今日は本当にありがとうございました。

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中島賢一さんについての詳細情報についてはこちら

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Facebook:中島 賢一さんのアカウント

Webサイト:福岡eスポーツ協会

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編集後記

今回インタビューの記者を担当した吉田&風見です。

私がインタビューを通して感じたことは中島さんの類稀なる才能です。多数の人間が思いもつかないアイディアを考え、それを具現化する力がすごいと思いました。映画「レディ・プレイヤー・ワン」のように、アバターの自分を思う存分演じることができる人間たちのチームプレーが花開く未来が楽しみです!(吉田)

誰よりも一番楽しんでいるのが中島さんご本人だというのが伝わってきました!まずは躊躇なくやってみるところが正に冒険家ですね。中島さんから自然と生まれて来るエンターテイメントの発想が、世の中を楽しくすることと繋がっていく未来が楽しみです!(風見)

今後の更なるご活躍を期待しています。

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